神経症との付き合い方

気分本位 vs 目的本位

前回のブログでは、神経症の『生の欲望と死の恐怖』についてお話ししました。

『より良く生きたい』と思うが故の『死にたくない』なので、側から見ると『口だけの残念な人』になってしまいます。では、どうすればいいんだ…?ってところまででした。

では、解決方法をお伝えしていきます。
『心理的視野狭窄』の悪循環にハマっていますので、まずはそれに気づくことが大切です。

たとえば、電車の中で発作を起こして電車に乗れなくなった人は、会社に行くことを考えると電車での発作に注意が向かいます。電車が危険ってわけではないのに、危険な状況をリアルに想像してしまいます。考えないようにすればするほど気になります。

たとえば、内臓の不調を感じて検査して問題のなかったのにまだ不調な人は、その臓器に注意が向かいます。CTやMRIでは異常がなくとも、自分はその臓器のちょっとした怪しい動きを拾います。考えないようにすればするほど気になります。

『死の恐怖』にとらわれて、死にたくないと願う『完全欲』が顔を出し、『不全感』な気分ばかりを検討した結果、その出来事のことに敏感に反応してしまう『心理的視野狭窄』が完成… 
これが、森田正馬のいうところの『気分本位』というやつです。

でも、ポジティブにも解釈できます。
たとえば、好きな人への愛の告白に似ています。
あの人のことを考えると好きすぎて苦しくなる人は、もし告白して振られたらと考えると苦しくてたまりません。だから、考えないようにするのですが、そうすればするほどあの人のことに注意が向かいます。

たしかに、どうでもいい人に告白するんだったら、何も緊張しません。
つまり、絶対に付き合いたいって、強く強く思っているからこその、フラれる恐怖ってことです。

ふむふむ。
不安や恐怖の裏側には、必ず同レベルの願望があるんだな!
だったら、怖気付かないで、願望に向かって、目的を定めて、建設的に行動した方が賢いよな!
これが『目的本位』というやつです。

繰り返しになりますが、生の欲望が強すぎると完全欲が顔を出します。コイツがやっかいです。
この難題をクリアする『三つの呪文』を覚えておいて下さい。

① 実は、完全な世の中など存在しない。らしい。
② 実は、完全な状態が何なのかを私は知らない。
③ 実は、気分の検討は行動の後で。の方がよい。

呪文を唱えた後、願望に向かって今できることは何かを考えます。
めちゃくちゃ低いハードルを目の前に置くイメージで考えます。
そしたら、それをやってみて下さい!

以上、よろしくお願いします。


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