試し読み:『みんなではじめるデザイン批評』序文
2016年に刊行した『みんなではじめるデザイン批評:目的達成のためのコラボレーション&コミュニケーション改善ガイド』より、「序文」をご紹介します。
現在は電子版のみでの販売となりましたが、今もロングセラーとなっている一冊です。
失われた批評スキル
「もう少しポップにして」
「これはあまり好きじゃないですね……なぜかははっきりわかりませんけど、これではないような気がします……見ればわかるんですが」
「これはいったい何なんだ?」
「Apple みたいな見た目にできない?」
「そのテキストをページトップに移して、ボタンを全部アイコンにするべきです」
こうした発言の後にはしばしば、「ただフィードバックしているだけですよ」とか何とかいうセリフが続く。何かの開発やデザイン、制作に携わった──あるいはそうする人と一緒に働いた──ことのある人なら、たぶん聞いたことがあるだろう。あるいは、あなたのためだといって、教授があなたをとことん打ちのめそうとする、学校の批評プログラムに出席したことがあるかもしれない。すべての学校でそんなことが起きているわけではないにせよ、批評やフィードバックのセッションを、生徒に「実社会」に備えさせるための手段として用いる教師もいる。しかしそれはいたずらに生徒を動揺させ、彼らに悪い思い出を残すだけだ。
フィードバックや、それを他の人と共有する理由はとてもあいまいだ。焦点や適切な目的のないフィードバックは非生産的で、ときに害さえ及ぼすおそれがある。社会生活においてでさえ、上に示したフィードバックと同じような調子で意見を表明する人がいる。例えば、新製品のリリースや製品のアップデートが行われると、たちまちのうちにおびただしい数の人が、何をすべきだったとか何を作るべきだったという意見を140 文字でつぶやき始めるのだ。
筋違いの意見、厳しいことば、指示がフィードバックとして共有されているという話を聞くたびに(そして自分たちもそんな経験をするたびに)、デザイン・プロセスやクリエイティブ・プロセスの一部であるフィードバックの本当の価値や有用性が失われていくように感じてきた。
要するに、私たちは批評のしかたを忘れてしまったのである。そのせいで──そして焦点の定まらないフィードバックが多用されているせいで──生み出す製品やサービスだけにとどまらず、チームや組織、仕事上の人間関係までもだめにしてしまっている。
批評は有益なものであるはずだ。何が機能していて何が機能していないのか、目標達成に向けて正しい方向に進んでいるかの理解を促す分析でなければならない。しかし、多くのチームが行っている批評やフィードバックはその役割を果たしていない。それどころか、自分の権威を主張したり、自分の見解や目的を押し通したりするための手段として使われるのもしょっちゅうだ。デザインをよくしようという意図などこれっぽっちもなく、デザインのあらゆる欠点を指摘することで、その場にいる人に自分の専門知識を見せつけようとする人だっているかもしれない。自分の競争相手になりそうなものを排除しようと、検討されているデザインにケチをつける人も見たことがある。
本当の意味での批評を実践するためのスキルは、どこかに消えてしまった。
今では、フィードバック、批評、そして仕事をするときのコミュニケーションの方法の関係があいまいになってしまっている。そこでこんな疑問が生じる。デザインについての建設的な会話や、デザインに設定された目標を確実に達成することを妨げている問題をより正しく把握するために、何ができるだろう? 役に立つ批評を与えたり受けたりするには、何を改善すればいい?
この本の目的
本書には前述の質問の答えが詳しく説明されており、個人やチーム、組織において、チームやクライアントとアイディアやデザインを巡るより質の高い有用な会話をするのに便利なテクニック、ツール、リソースについても触れられている。
本書では、批評を分析・定義し、与える側と受ける側、それぞれの観点から見た批評のよいやりかたや悪いやりかた、そして難しい側面について検討していく。批評をサポートする、または妨げとなる文化の要素についても検討し、さらに批評をプロセスの一部に組み込む方法のヒントや見識について説明するつもりだ。
なぜこの本を書いたか
アダムと私がそれぞれ、仲間としていたフィードバックについての多くの会話──仕事や社会生活のなかで、もっとうまいフィードバックができるようにするにはどうすればいいか──から、この本は生まれた。共通の友人であるホイットニー・ヘスは、2 人で協力してこのテーマを追求したらどうかと勧めてくれた。やがてあるブログの投稿記事が会議に提出され、それが米国中の会議や企業における数多くの講演やワークショップに発展していった。
人々の話を聞くたびに、そして批評をさまざまなチームや環境にどうやって組み入れればいいかと質問されるうちに、批評やコミュニケーションについての考察、参考になるアドバイスやヒントをまとめた本があったら役に立つと思った。
この本を書いた理由はまさにそれだ。私たちには経験がある。辛辣なフィードバックを聞いたこともあるし、有用なコメントや「アドバイス」がない状況を何とかしようとしたこともある。チームやクライアントにデザインを発表してフィードバックを求めるときの緊張感にも覚えがあるし、デザインが酷評されて打ちのめされたこともある。
同時に、デザインについて建設的な話をして、集められた見解を基に何かを実行できると感じる満足感も知っている。私たちがこの本を書いたのは、チームがデザインについてよりよいコミュニケーションをし、協働を向上させ、建設的な批評の枠組みを構築するのに役立ててほしいからである。
この本の対象読者
あなたはこんなふうに思っているだろう。「それはそれでわかったが、私はデザイナーでもアーティストでもない。なのになぜ、この本を読まなければならないんだ?」
もしそう言われたら、あなたの目を真剣に見つめてこう答えよう。「批評はデザイナーやアーティストの専売特許ではありません。作っているもの、していることをもっとよくしたいと思うすべての人のものです。批評は『デザイン』スキルではなく、ライフスキルなのです」。
本書は、チームや組織内のさまざまな立場──製品のオーナー、プロジェクト・マネージャー、デザイナー、開発者、幹部、マーケティングの専門家など──から得られた経験に基づいて書かれている。デザインまたは何かを作るチーム/プロジェクトの一員なら、デザインに関する会話に参加することがあるだろう。本書は会話に参加するすべての人の参考になり、チームのメンバーが互いのコミュニケーションや協働の方法を改善するのに一役買うはずだ。
この本で使用される用語
何かを作るすべての人のためにこの本を書いたのだが、矛盾のないように、全体を通して一般的な用語をいくつか使っている。
アイディアを思いつき、何らかの方法でアイディアの創出に取り組むすべての人を、「デザイナー」と呼ぶ。
作られる、または提示されるすべてのものを「製品」と呼ぶ。
「批評」と「フィードバック」は同じ意味をもつことばとみなされる場合が多く、それはある意味では正しい。批評とフィードバックについてのよくある誤解と、両方を最もうまく機能させるにはどうすればいいかについてじっくり検討していく。
この本の構成
本書では、批評のさまざまな要素、その定義、批評の場で互いにどのようにやり取りをすればいいかを明らかにしていく。
第1章:批評を理解する
第1章は、批評の場でしばしば聞かれるさまざまなフィードバックのタイプ、特定のフィードバックのタイプから生じる問題、どんなフィードバックを集めるべきかを説明している。また、批評に対するいろいろな考え方についても検討する。
第2章:批評とはどのようなものか
第2章では、批評がどんなものか、および批評プロセスにおける心構えの重要性について考察する。批評を与え、受けるためのベストプラクティス、効果的な批評かどうかを判断する方法についてのヒントも明らかにする。
第3章:文化と批評
第3章では、効果的な批評をする能力に影響を及ぼす、個人や組織がもつ文化の要素について考える。さらに、建設的な批評を実践しようとするときに直面するかもしれない、よくある障壁の一部についても検討する。加えて、目標、原則、シナリオなど、チームが効果的な批評をするために使える基盤となる要素にも触れる。
第4章:批評をプロセスの一部にする
第4章では、批評をプロセスに組み込むことと、それに伴って起きる問題について検討する。批評をプロセスの一部にするときに覚えておくべきことや、批評が行われる機会(スタンドアロン型の批評、協働活動、デザイン・レビュー)とそれぞれの違いも明らかにする。さらに、いつ、どの程度、どれくらいひんぱんに批評を行うべきかについても考える。
第5章:批評のファシリテーション
ファシリテーションは批評において重要な役割を果たす。第5章では、ファシリションのスキルと、常に効果的な批評を順調に進めるのに、そのスキルをどう活用すればいいかを掘り下げる。
また、批評セッションをどう進めるか、建設的なセッションにするために何を避けるべきかを参加者にわかってもらうのに使えるルールを説明する。
第5章ではさらに、批評の準備、スタート、進行、そしてその後のフォローアップのしかたも考える。誰を参加させるかについてのヒント、デザインを提示するときのアドバイス、すべての人に製品の目標のみならず批評セッションの目標も確実に理解させるコツなどが含まれる。
第6章:扱いにくい人々、やっかいな状況
協働、コミュニケーション、そして批評を改善しようとするとき、問題をもたらす状況や人に直面することは避けられない。第6 章では、よくある困った状況とそれらに対処するために活用できる戦略について検討する。
また、批評の場に扱いにくい人がいる場合はどうすればいいかについても議論し、そうした人たちに対処しながら、なおも批評を円滑に進めるためのヒントやテクニックを紹介する。加えて、フィードバックではなく、自分がこうしてほしいという変更やデザインのリストをくれる人に会ったとき、彼らに対応し、こちらが求めるような批評が得られるように軌道修正する方法を説明する。
各章の内容を読み進めるうちに、批評の何たるかをしっかりと理解できるだけでなく、必要なときの参考資料として使ってもらいたいと思う。
第7章:サマリー ── 批評はすばらしい協働の中核をなす
それぞれの章の主要なポイントをまとめ、あなたに今までの悪い習慣を断ち切って、チームとのデザインの会話を改善する準備をしてもらう。
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原書はこちら。