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【人生の100冊】5.灰谷健次郎『兎の眼』

小学生の頃、読書感想文というものを書くのが嫌いだった。本を読むのも文章を書くのも好きなのに、読書感想文はキライ。
なぜなら小学生の読む本など、それほど深みのある内容ではないし、感想を書いても面白くないからだ。

「この場面に感動しました」
「主人公の○○はすごいと思いました」
「私も同じようなことがあったら、○○のように勇気を出して戦いたいです」

どうしてもこんな感じの薄っぺらなものになる。10年そこそこしか生きていないのだから、物語に自分の人生経験を重ね合わせる、なんてこともたいしてできない。

ただ、小学生の時に書いた読書感想文で1つだけ忘れられないものがある。それが灰谷健次郎さんの「兎の眼」だ。

この本を読んだ時、初めて心の底から「この感想文を書きたい」と思い、書いた。その記憶だけがはっきりと残っている。

*   *   *   

『兎の眼』は、ごみ処理所で暮らす子どもたちと、新米の小学校教師である小谷芙美先生の成長の物語だ。
小学1年生の担任になった小谷先生だが、いきなり「鉄三」という生徒に泣かされる。鉄三は口もきかず、文字も書かず、その上、瓶の中にたくさんのハエを飼っていた。ハエには詳しいが、可愛がっているハエが原因でカエルを踏みつぶしたり、クラスメイトにけがをさせたりもする。いわば問題児だった。

小谷先生は頼りない。だけど、まっすぐ子どもたちに接する。
ハエは気持ち悪いし、鉄三もやっかいで逃げ出したくなるが、同じくごみ処理所に住む上級生の子どもたちと接して話を聞くうちに、少しずつ鉄三を理解していく。

ある時は奈良の西大寺で善財童子の美しさに慰められ、またある時は鉄三の祖父であるパクじいさんから、若い頃、朝鮮で拷問にあった壮絶な話を聞き、また、同じ学校で「ヤクザ教師」と呼ばれている足立先生から子どもたちとの接し方を学び、いつしか小谷先生は逃げることなく子どもたちに向き合えるようになっていた。

この本で、何度読んでも泣いてしまう、そんなシーンがある。
鉄三が初めて作文を書いた場面だ。
授業参観の日、小谷先生は大きな箱を持って教室に入ってくる。その中身をどんどん開いていき、「何が出てくるんだろう?」というわくわくした気持ちを子どもたちに作文に書かせる、という授業をしたのだ。
箱の最後には真っ赤なアメリカザリガニがたくさん出てきて、子どもたちはわぁっと盛り上がる。
「心のようすをしっかり書いてね」
小谷先生が子どもたちに言うと、みんな「はぁい」と鉛筆を手に取り書き始めた。
その時、小谷先生はどきっとした。鉄三が初めて何か書いているからだ。
おかしな作文だったらどうしようかとも迷ったが、鉄三を信じて、みんなの前で鉄三の作文を読み上げた。

「ぼくはじっとじっと見た。それから、はこの中までじっとじっと見た。赤いやつが出た。ぼくは鼻がずんとした。サイダーを飲んだみたい。ぼくは心がずんとした。ぼくは赤いやつがすき、小谷先生も好き」
こたに先生も好きというところへくると、小谷先生の声はふるえた。たちまち涙がたまった。たえかねて小谷先生はうしろを向いた。子供のだれかが手をたたいた。すると、あっちからもこっちからも拍手がおこった。拍手が大きくなった。

私は小学生の時にこのシーンを読んで、初めて「本を読んで感動する」ということを体験した。「面白い」「わくわくする」「悲しい」そんな感情ではなく、これは確かに「感動」だった。

海外の童話や日本昔話などの古典的な「おはなし」でもなければ、「赤毛のアン」のような少女文学でもない。仲間と敵に立ち向かう冒険物語でもなければ、心がほっこりするようなやさしい児童文学でもない。
職業差別、人種問題、戦争、貧しさ、教育、人間が生きるということ……。この本にはその頃の私がまだ知らない“リアルな世界”が詰まっていた。
だからドキドキしたし、時には目をそむけたくなったし、涙が出るほど感動したのだ。初めて心の底から「この本の感動を伝えたい」と思い、読書感想文を書いた。

写真のように、私の持っている本はとても古い装丁だ。奥付を見ると「1980年9月第62刷発行」とある。私が9歳の時に発行されたものだ。

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今でも大事に本棚に並べているし、大人になってからも2、3回は読み返している。これは決して「児童文学」の枠におさまるようなものではないし、大人にも読んでほしい本だと思う。
そして何より、すべての子どもたちに読んでほしい。そんな色褪せることなき名作だ。

<人生の100冊の趣旨>
noteで【最近読んだ本】という書評エッセイも書いていますが、「最近」ではなく「昔」読んだ本の中で、今ぱらぱらとページをめくっても「ここ、たまらん!」「きゅーんとする!」という、私の中でいつまでも色褪せない本への想いを書いていこうと思います。現代作家のものはもちろん、古い文学や古典、もしかしたら漫画も入るかもしれません。
特に期限は設けませんが、一応100作品を挙げるのが目標です。
私個人の便宜上、タイトルにナンバーを入れますが、「1が一番好き」「1番古い本」など、数字の持つ意味はありません。本棚で目についたものや、その日の気分で書いていこうと思います。
何か少しでも読んでくださった方の心に響く言葉があって、「これ、読んでみたいなぁ」と1冊でも思っていただければうれしいです。


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