上原酒造の夏酒セット。これぞ蔵元の「真夏の大冒険」!
滋賀県に上原酒造という日本酒の小さな酒蔵がある。銘柄は「不老泉(ふろうせん)」「杣の天狗(そまのてんぐ)」。
京都市内の飲食店で飲んでいると「滋賀の酒」に出会うことが多いので、かなり昔から私は「不老泉」を飲んできた。淡麗辛口とは対極にある濃醇な味わいのこの酒にハマってしまい、長年飲み続けてきた。
取材をきっかけに上原社長(蔵元)ともイベントなどで時折話すようになり、お得意様向けに書かれている「くら通信」も送ってもらうようになった。蔵の近況や蔵元の考えが書かれているほか、季節ごとのおすすめセットなどの案内もある。
この夏は、「夏の無濾過生酒セット」と題した案内が入っていたので、それを注文した。先月の話だ。
左から、
◎不老泉 山廃仕込 特撰 無濾過生原酒 19.0
◎不老泉 純米吟醸 活性にごり原酒
◎杣の天狗 純米吟醸 うすにごり 生原酒
「夏酒」といえば、「ドライで飲みやすいすっきりタイプ」か「うすにごりのしゅわしゅわタイプ」のどちらかが多い。真ん中と右の2本は後者にあたり、飲んでみるといかにも夏酒という感じがした。
驚くのは左の1本だ。なんと、これは「普通酒」なのだ。
ここで「普通酒って何?」と思った方は、「純米酒」や「大吟醸」などの名称を付けられない(名乗れる規定の数値や条件を満たしていない)お酒だと思ってくれたらいいと思う。よほどの事情がない限り、ほとんどの普通酒は醸造アルコールも添加されている。昔からの名残で「特撰」「上撰」「佳撰」とラベルに書かれているものも多いので、「それなら見たことがある」という人もいるかもしれない。
この普通酒をおすすめの夏酒セットにラインアップしてくるだけでも面白いのに、これが「搾ったままの原酒」で「アルコール度数が19度」なんだから、もう興味津々で。
通常は搾った後に、濾過して、加水して、火入れして、半年熟成させてから出荷するものなのに、まさに“そのまんま”を出してくれたのだ。
飲んでみると、うまい。アルコールのツンとした感じもなく、19度とは思えないほど口当たりがやわらかい。「不老泉」らしい濃醇さを十分に味わえるが、やはりアルコール添加しているからか、良い意味ですっきりと飲める。
面白いなぁ、おいしいなぁと感心しながら飲んだ。
日本酒が好きという人の中には、「普通酒なんて……」「アル添酒なんて……」と、やたら普通酒やアル添酒を毛嫌いする人も多いのだが、私はこう思っている。
日本酒のおいしさはスペックでは決まらない!
普通酒でも、アル添酒でも、きちんと造っている酒蔵のものはおいしい!
それをこの夏酒セットで証明してくれた上原酒造さんはやっぱりすごい。
これぞ、蔵元の「真夏の大冒険」!!
(東京オリンピックの実況アナウンサーさんの名言、パクリました)
ちなみに、「不老泉」は「山廃仕込」で、それも人工的に培養された酵母を投入するのではなく、自然界の酵母菌が入ってくるのを待つ、いわゆる「蔵付き酵母」でお酒を造る。(山廃とはなんぞや?という説明は省きます)
また、お酒を搾る設備が珍しくて、一般的には「自動圧搾機」を使用するのだが、「木槽(きふね)天秤しぼり」を行っている。木でできた天秤の先に巨大な石の重りを付けて、その重みで袋に入れた醪(もろみ)を圧搾していくという、昔ながらのやり方を貫いている。(全国で3社しかないとか)
▼上原酒造さんのHPより拝借。イメージだけでも伝われば……▼
こんなの、古い道具が展示されている「お酒の資料館」でしか見たことがないのに、現役だなんて!
「世の中で使われていない」ということは、とても効率が悪いということ。醪(もろみ)を袋に詰めて「槽(ふね)」と呼ばれる大きな木の箱のような中に敷き詰めていき、天秤の原理を利用して3日間もかけて搾るのだ。
それも、普通酒まで!!
(※普通酒は安いので手間暇かけるとコスパが悪い)
もちろん効率だけを求めているなら絶対にやらないだろう。天秤搾りは、一気に圧力をかけて搾るお酒と比べてゆっくりと搾るから、雑味がないお酒になるのだ。
うまいことが第一。だけど、上原酒造さんの場合、それにプラスして、こういう昔ながらのやり方を大事にしたいという気持ちがあるように思う。「蔵付き酵母」を使用するのもそれゆえだろう。
そんな変わったことばかりするから、「マニアの酒」とか、愛情を込めて「変態蔵」と呼ばれることもあるし、酒質もイマドキの爽やかフルーティーなお酒とはちょいと違う。
だけど、「不老泉」はどこの蔵の酒にも似ていない。「不老泉」だけの味がする。本来の「地酒」って、きっとそういうものだったはず。
こんなの不器用だしスマートじゃない。
だけど、世の中に流されず、己のやり方を貫くカッコいい酒蔵。
この夏もやってくれたね。
普通酒の生原酒を夏酒セットに入れるという、素晴らしい大冒険!