夏の暑さとセミの脅威

 我々にとって夏の移動は命がけであると最近気づいた。
 ここ数か月ひなちゃんが度々熱を出したり鼻風邪きっかけで中耳炎になったりと週二回は病院にお世話になっている。勿論週二というのは全然盛っていない数字だ。リアルに通い続けており病院の係員さんにもしっかりひなちゃんは名前を呼んでもらえるようになった。
「よう来たなー。今日はどうしたん?」
とどの係員さんも親しく話しかけてくれるようになり、ひなちゃんも思いがけないビップ対応に笑顔で抱っこ紐の中から手を振替している。
 (病院とはいったい…。)
と思う私と、診察室に入るまでやたら楽しそうなひなちゃんの温度差が半端ない。
 先日も例のごとく朝から溶連菌の治癒確認のため病院に向かった。
 連日の猛暑続きで、アスファルトの道路からは、熱気が立ち上り、上からは太陽の熱線が降り注いでいた。
 抱っこ紐に入っているひなちゃんには日焼け止めを塗り水筒のお茶を飲ませ、抱っこ紐付属の日除けをかぶせ、背中には保冷材も忍ばせるなど、できるかぎりの暑さ対策をしていたため意外と平気そうであった。
 こちらは、まるで炬燵あるいはサウナに放り込まれたような暑さの中、10kgを超えるひなちゃんを抱え、一歩一歩歩き進めたことで上昇し続ける体温とは裏腹に体力はどんどん削られていった。
 これでは病院に辿り着くまでに自分が昆布や鰹節みたく乾物になってしまうのではないかという不安を感じた。
 なぜ100億年も生きるであろう太陽が、地球上に這いつくばうように生きる、持っても、100年程度の寿命しかない非力な私を殺しにかかるのだろうかと、意味の分からないことを憂えた。
 どうにか病院前の通りにたどりついたと思ったのもつかの間さらなる試練に襲われた。蝉の騒音だ。
「ジージージー、シャーシャーシャー」
とまあそれはにぎやかに自身の存在をアピールす蝉たちの鳴き声で耳をふさがれ真っすぐ歩くことが難しくなったのだ。
 私は自分の出す足音や、白杖で地面を叩く音の反響する度合いで、周囲にある大きな障害物に気づけたり、道の方向を確かめたりして歩いている。 イルカも、自分の出す超音波が跳ね返ってくる様子を元に障害物の有無や泳ぐ方向を確かめているらしいと聞いたことがある。私の歩行手法もイルカのそれをとてつもなくグレードダウンさせたものと考えており、どうでもいいことだが、そんなイルカたちにも勝手に親近感を抱いている。
 こんな高温多湿な気候でもひんやり涼しい海を悠々と泳いでいられるイルカが羨ましくなった。まあ、海は海で水質が悪いとか、今年の魚は美味しくないとかいろいろイルカにも大変な事情があるのかもしれないが。
 イルカにも微妙に思いをはせつつ
 「おー、熱いー、干からびるーーー!」
とつぶやき、道路の常態を足の裏で確かめながらじわじわと病院に近づいて行った。
 それまで抱っこ紐の中で街路樹の青々と茂っているだろうはっぱを指さし
「はっぱ、はっぱ」
と騒いでいたひなちゃんも、街中にいながら遭難しかけているような私の様子に気づき
「まーんまれ、まーんまれ(頑張れという意味)」
と言い、手を叩いて応援してくれた。ひなちゃんは意外と空気を読むタイプらしい。
 どうにか病院に辿り着き、ドアから中に入ると、そこは楽園化と錯覚するほどに涼しく爽快な空気で満たされていた。暫く入り口横で呼吸を整え、コンビニで急遽買った麦茶を飲み、セルフで、ここへ来るまでの労苦を労わった。
 その後無事係員さんに院内では案内をしてもらえ、予定通りひなちゃんも診察を受けることができた。
 スポーツをしている時でなくても、それほど年を取っていなくても、熱中症や日射病というワードを身近に感じてしまった酷暑の朝であった。

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