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金妻に憧れていた17歳の私へ、令和に金妻に沼った大人の私より

    私が地方の片田舎にいた高校3年生の時のことである。英語のテストの時間。すべて解答し終わり、2回見直しをし、それでも時間が余った私はひたすらぼーっとしていた。テスト監督をしていた英語の福田先生(仮名)がそれに気付いて「暇なら解答用紙の裏に将来の夢でも書いたら?」と声をかけてくれた。
 私は「はい」と返事をし、なんのためらいもなくこんなことを書いた。

 ”私の将来の夢は、「金曜日の妻たちへ」の篠ひろ子のような生活を送ることだ。東京の郊外の一軒家に住み、パティオで友達とお茶を飲み、お料理はお手伝いさんにやってもらいたい。毎日きれいな服を着て etc….”

 なんてこった。大学受験を目前に控えて、なんて知性のかけらすらない夢なんだろう。実を言うと、半分冗談、半分本気ぐらいの気持ちだったが、今これを書きながらも恥ずかしさでじんわりと汗が出て動悸が激しくなる。
 
 引き続きテスト監督中の先生が教室中をゆっくりと歩き回り、私の机まで来た。そしてこの作文を覗き見た瞬間プッと吹き出した。その時は特に深く考えず「ウケた、ウケた」ぐらいで済ませたが、高校教員としてキャリアが始まったばかりの若い独身女性だった福田先生はこれを見てどう思ったのだろう。今思うと、もしかしたら福田先生は職員室に戻って他の先生たちに見せてみんなで笑っていたかもしれない。大人になった私は知っている、学校の先生たちは職員室で生徒の噂話をして情報交換していることを。そんなことを想像すると、さらなる恥ずかしさでますます動悸が激しくなる。

 折に触れてこの作文のことを思い出してはいたのだが、最近あることに気が付いた。

    私は「金曜日の妻たちへ」をまともに見たことがなかったことを。

    Wikipediaその他で調べてみると、金妻はⅠからⅢまであり、私が憧れていたのはどうやら「金曜日の妻たちへⅢ 恋におちて」のようだ。その金妻Ⅲが放映されたのは、高校時代からさらにさかのぼること1985年。男女雇用機会均等法が制定された年だ。
 
 そのころ私は義務教育の真っ只中、金曜日の夜10時に始まるテレビ番組なんてうちの親が見せてくれるはずがなかった。完全週休2日制になったのはまだまだ先のことで、土曜日だって早起きしなければならなかった。それにそもそも金妻なんて親が子どもに見せたいはずがない。
   
    ストーリーも登場人物の家族構成もよく知らない中、寝る寸前に盗み見た少しの場面を覚えていたこと、それから友達の中には親が甘くてその時間もテレビを見ることのできた子もいて、彼女から伝え聞いた内容で見たような気になって、そのまま高校3年生になったのだ。
   
    すると実際のストーリーが気になってきて、さらなるリサーチを進めることに。結果、ちゃんと見たことのない金妻のとりこになってしまったのだ。
 金妻女優さんたちってなんて美しいのだろう。着ている洋服も上品でなんて素敵なんだろう。古谷一行セクシーすぎるよ。奥田瑛二もキュートだ。
     
     リサーチが進むと金妻Ⅲの設定やストーリーに関する私の勘違いが浮き彫りになった。

    勘違いその一。パティオのある家に住んでいるのは、小川知子演じる「おコマ」(学生時代こまねずみのようにいつも忙しく活動していたため)と板東英二演じる山下の再婚同士の夫婦である。篠ひろ子演じる「タケ」(学生時代に竹のように細かったため)ではなかった。ちなみに二人は同級生。

   勘違いその二。「タケ」にはお手伝いさんなんていない。同居するのは、和服姿の口うるさいお姑さんである。

 勘違いその三。「タケ」の夫、古谷一行演じる秋山は、タケの同級生桐子(いしだあゆみ)と不倫している。もともとは、秋山と桐子が恋人同士で同棲をしていた仲だった。お互い愛し合ったまま別れたので、再会してやけぼっくいに火が付いたのだ。タケにしてみれは、夫は不倫、姑は意地悪。パティオでお茶なんて言ってる場合じゃない。

    17歳の私、こういうことだったんですけど、あなたはそれでも金妻の篠ひろ子になりたいですか?

   それでは現在の私の生活とは。

    まず、東京郊外の一軒家には住んでいない。地方の田舎娘にとって東京でさえあまりにも遠く夢のような場所だったはずが、それを飛び越えて異国の地に住んでいる。17歳の私が知ったら死ぬほど驚くにちがいないし、未来に恐怖を抱くとかわいそうなので、知らない方がいいだろう。

    次に、自宅のパティオで友達とお茶を飲むという夢。おかげさまで友達には恵まれていて、招いたり招かれたりしながら一緒に食事をしたりコーヒーを飲んだり、時にはお酒を飲んだりすることもある。おコマはいないがJanice(仮名) がいて、ノロ(森山良子)はいないがAvery (仮名)がいて‥‥。ありがたいことに夫の心をかき乱す桐子はいない。

     そして、お手伝いさんに料理をしてもらいたい。これは論外。来る日も来る日も晩ごはんのメニューのことを考えているし、休みの日は昼ごはんも (朝ごはんはほぼ定型メニュー)。少々熱が出たって、疲れていたってキッチンに立つ(時々デリバリーのピザ)。母は家族を飢えさせるわけにはいかないのだ。
    
    和服姿の口うるさい姑はいない。遠くはなれて住んでいるうちの姑は、口うるさいには程遠い。それどころか、個性的でエキセントリックでファンキーだ。私がプレゼントしたピンクの縁のサングラスがよく似合う。

    毎日きれいな服を着ているかどうか。動きやすさと洗濯のしやすさが優先で、金妻女優のような上質で上品な装いには遠いが、自分が好きな服を着て満足している。

    こうしてみると、総じて私の現在、悪くない。

    今さらだが、もし私があの時の高校3年生17歳の私に言葉をかけることができるならこう言いたい。これまでの人生の反省をこめて。

    これからいろいろあるけど、周りの人を思いやりなさい。家族と友人を大切にしなさい。テレビばっかり見てないで、金妻に憧れるなんて言ってないで、勉強は絶対にやった方がいい。暗記ではなく理解をしなさい。人生のさまざまな場面で役に立つし、視野が広がるから。数学も論理的な思考に役立つので嫌だろうけど諦めないで欲しい。
    でも英語は頑張ったね。ありがとう。おかげで今すごく役に立ってるよ!

    


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