見出し画像

ボードレール『酔っていたまえ』訳してみました|詩集『パリの憂鬱』について

『酔っていたまえ』


絶え間なく酔っていなければならない。すべてはそこにかかっている。それだけが問題だ。ぞっとするような《時》の重荷を感じずに済むために。そいつはあなたの肩を打ちひしぎ、身体を地面へとたわませる。酔っていたまえ、間断かんだんなく。

だが、何にかって? 酒でも詩情でも美徳でもお望みのままに。だが、酔っていたまえ。

そして、もし、宮殿の階段や、ごうの緑の草地、寝室での砂を噛む孤独のうちに目覚め、恍惚がすでに薄れ寂滅じゃくめつせしことあらば、訊いてみたまえ。風に、波に、星に、鳥に、大時計に。それから、立ち去るものすべて、唸るものすべて、駆け巡るものすべて、歌うものすべて、問いかけるものすべてに。今は何時か、と尋ねるのだ。さすれば、風も波も、星も鳥も大時計も、あなたに答えるだろう。「酔うための時だ! 《時》に殉ずる奴隷とならぬよう、酔うがいい。酔い詰めに酔っていたまえ! 酒であれ、詩情であれ、美徳であれ、が思いのままに」


(散文詩集『パリの憂鬱』1864年)




🇫🇷 フランス語の原詩


Charles Baudelaire

 Enivrez-vous (Le Spleen de Paris, 1864)


Il faut être toujours ivre. Tout est là : c’est l’unique question. Pour ne pas sentir l’horrible fardeau du Temps qui brise vos épaules et vous penche vers la terre, il faut vous enivrer sans trêve.

Mais de quoi ? De vin, de poésie ou de vertu, à votre guise. Mais enivrez-vous.

Et si quelquefois, sur les marches d’un palais, sur l’herbe verte d’un fossé, dans la solitude morne de votre chambre, vous vous réveillez, l’ivresse déjà diminuée ou disparue, demandez au vent, à la vague, à l’étoile, à l’oiseau, à l’horloge, à tout ce qui fuit, à tout ce qui gémit, à tout ce qui roule, à tout ce qui chante, à tout ce qui parle, demandez quelle heure il est et le vent, la vague, l’étoile, l’oiseau, l’horloge, vous répondront : « Il est l’heure de s’enivrer ! Pour n’être pas les esclaves martyrisés du Temps, enivrez-vous ; enivrez-vous sans cesse ! De vin, de poésie ou de vertu, à votre guise. »


🇫🇷 散文詩集『パリの憂鬱』について


 『小散文詩集』としても知られる『パリの憂鬱』は、シャルル・ボードレール(1821-67)による散文詩のコレクションです。
 1862年までに26篇がまとめられましたが、詩集(全50篇)は亡くなった後の出版となりました。後述する「アルセーヌ・ウーセイに寄す」は、1862年「ラ・プレス」紙連載にあたって執筆された序文です。

 数少ない忠実な友人と呼ばれるシャルル・アスリノーと、同じく友人のテオドール・ド・バンヴィルによって校訂され、出版社ミシェル・レヴィによるボードレール全集の第4巻として、1869年に出版されました。(wiki.fr他より)


🇫🇷散文詩ってなあに?


 散文詩というのは、「伝統的に詩で使用される、韻律、詩法、テクストの配列の技法を使用しない詩形式」です。(wiki.frより)
 現代日本においては、「散文詩」の方が主流です。日本の「韻文詩」というと、短歌や俳句などの五七五リズムを取るものを指しますので、それ以外のものを「散文詩」と考えればよさそうです。

 そもそも散文詩を完成させたのが、この『パリの憂鬱』らしく、つまりボードレールはそこにおいても名を残したということになりますね。
 なお、散文詩の出発はアロイジウス・ベルトランによる詩集『夜のガスパール』でした。この詩集は、モーリス・ラヴェルが組曲を残したことでもよく知られていますね。『夜のガスパール』は、ダーク・ロマンティシズムの作風とのことなので、ちょっとそそられます ·͜· ♡

 さて、ボードレールが散文詩をつくることによって何を目指したのか・・・を明らかにすべく、『パリの憂鬱』の序文「アルセーヌ・ウーセイに寄す」を、ひたすら辞書を引き倒しながらなんとか読んでみました。訳文は後日、別記事に載せます。(拙い私の個人的な感想ですが、これまで挑戦した中で一番難解なフランス語だと思いました💦)

 ここでは、山田兼士『百年のフランス詩』からの解説を引用します。「アルセーヌ・ウーセイに寄す」の骨子を箇条書きにしたものです。

  1. 「小さな作品」であること。時代の変遷を見抜く詩人晩年のミニマル・アートとしての散文詩。

  2. 蛇行するテクストであること。韻文詩集『悪の華』の重厚な建築スタイルと反対の、柔構造設計による建造物。

  3. 「現代のより抽象的なひとつの生活」を描くこと。現代性と抽象性がキイワードとなる。

  4. 音響性をすべて排した上でなお「音楽的」なイメージを描くこと。イメージの対位法がその方法的基軸。 「柔軟」であると共に「対照の激しさを持った」表現形態は、韻文で表現しきれない 「意識の突発的揺動」をも表現し得る。

  5. 都市の詩であること。都市の中での無数の人間の交錯こそが散文詩のモチーフとなる。



🇫🇷 訳してみて思ったこと


 「酔っていたまえ」あるいは端的に「酔え!」という意味の命令文が、形を変えながら畳みかけるように繰り返される詩です。
 そして、最後には、風や鳥、大時計などが合唱のように、「酔っていたまえ」と迫ってきます。ここのところはクレッシェンド気味に、少しずつ語調を変えながら訳してみました。

 「立ち去るものすべて、唸るものすべて、駆け巡るものすべて、歌うものすべて、問いかけるものすべて」の部分は、山田兼士さんの解説に「対位法」とあるように、おそらく、「風、波、星、鳥、大時計」に対応しているのだろうと思ったので、そのように訳してみました。


🇫🇷 朗読(YouTube)


いつもサポートくださり、ありがとうございます。 お気持ち、心よりありがたく拝受し、励みとしております。