妖精がいっぱい☆『星の王子さま』|そして、愛について
現代の科学は日進月歩。大脳生理学系の本を眺めていると、なぜ人はある1人と恋に落ち、残りの99人とは"良いお友だち"にしかなれないのか、少しずつ解明されつつあるようです。
恋に落ちたときの神経伝達物質/脳内ホルモンの反応はもとより、そもそもなぜ、ある特定の人に魅かれるのか──その理由は、やはり《種族保存本能》で、子孫の遺伝子の多様性を担保し繁栄させるため。なるべく自分と異なる性質、特に異なる免疫システムを持っている相手に魅かれるのだそうです。
...さて、ここまでがサイエンスっぽいおはなし。ここからは、より物語的に進めましょう(^^)
そう遠くない未来に、きっとこんな日が到来するのだと思います。
エーヴリカ/ユーレカ、と叫んだアルキメデスさながらに、ある科学者が、発見の喜びに瞳を見開き、眼を輝かせながら街を駆けていく。…お好みの性別でご想像くださいね。
そして、そのひとは息せき切って恋人のもとに駆けつけるのです。
そして、そのひとは続けます。
そして、そのひとは、恋の詩を詠んで恋人に捧げるのです。シェイクスピアのように、与謝野晶子のように。
さて、ここまでの前書きは、「目に見えるもの(証明されたもの)」とは違う、「目に見えないもの(語り得ないもの)」についてでした。
ここから、サン=テグジュペリ『星の王子さま』へとつながります。
『星の王子さま』について、童話や妖精や目に見えない存在に親しみを持っておられたご自身の幼少期からの想いを含めて、やわらかく丁寧に綴っておられます。
なかでも心に響いたのが、《「妖精なんかいない」と言った瞬間、どこかで妖精が死ぬ》を、今でもどこか本気で信じています、とのおはなしでした。
それならきっと、「妖精ってどこかにいるよね」と言った瞬間に、妖精がひとり、生まれるのではないでしょうか(^^) そして、いつか世界中が妖精さんでいっぱいに...💕
私は理屈でものごとをスパッと斬り分ける"わかった感"が大好物。でも、斬るとやっぱり"痛い"んです。
切り分けちゃダメ、分析したらこわれちゃうよ...王子さまなら、そう言うでしょう。
竹取の翁が、竹を上から真っ二つに割らなくてよかった...と思うのです。横に切ったからこそ、かぐや姫は無事にこの世にあらわれることができました。
科学と文学──どちらも切り分けるけれど、切り方が違う。
そしてたぶん、まったく切り分けない、もしくは毀さずにふわっと受け止めて見透す達人たちが描き出してきた世界──それが、童話や児童文学、詩のなかにある。
科学の言葉でいうと、たとえば工学方面でいうところの「非破壊検査」でしょうか...ちょっと違うかな...🤔
また、話が硬くなってきましたね…🙇
星の王子さまについての紹介は、未来の味蕾さんの、心のこもったエッセイにお任せするとして。
ここでは、私が最も愛おしく思う、王子さまの《表情》を引用させてください。
一滴の飲み水もなくなったあと、《僕》が《王子さま》を抱いて、少し朦朧としながら水を求めて沙漠をさまようくだりです。
あなたが子どもなら親、親なら子ども、あるいは兄弟姉妹、恋人や良人や妻──それらのひとの寝顔を、機会があれば、見つめてみてください。
あるいは、大切な人の寝息に、耳を傾けてみてください。
寝ているときの呼吸は「崇高」と、中島智さんのツイートで見かけたのですが、それはまさに私がふだんから感じていたこと、でした。
暗闇に横たわり、愛する人の穏やかな寝息が夜の静けさにほどけていくのを、ただ、聞いている。その、言いようのない、心地よさ。
眠りのさなかに──ひとの面差しに、寝息に現れているのは、小さな王子さまの心に灯る薔薇への慈しみと同じ、何かに対する〈信頼〉...だと、私は思うのです。
寝息は、耳を傾けている私たちを、その穏やかさで包み、守ってくれているのだということ。
それを感じたら、安心してこう問いかけてみてください。
眠っているひとに向けて...夢に憩うそのひとへ、こう訊ねてみるのです。
「ねえ...この世界に、妖精って、いるかしら?」
きっとそのひとは応えるでしょう。
「ええ、もちろん、いますとも」と──。
(あとがき)
『星の王子さま』、そういえば私、電子書籍含めて日本語版4冊、フランス語版2冊持っています🤭
引用シーンを読み比べてみましたが、河野万里子さんの訳が秀逸すぎて、涙がにじむほど王子さまがいたいけなの。
(そして、内容は同じなのにこれほど響き方がちがうことに、ほとんど青ざめるほどでした。磨かないとね...。)
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