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アフロディーテ&アレース|ギリシャ神話随一の"美しすぎる"カップル



⭐ はじめに(読み飛ばしOKです)


 『アモールとプシュケー』物語本編を掲載したのは6月のことでした。ありがたいことに、いまも読んで下さっている方がいるようで、ごくたまにスキをくださいます。
 スキ通知を見て、あとがき&設定資料のうち、下書きに眠らせたまま放置していたこの記事を思い出したので、遅ればせながら完成?させました。

 また時々、自分のホームに固定表示しておこうと思うのですが、実は〈2〉を貼りたくて。
 本屋さんで品定めするとき、パラッと広げて途中を読むこと、ありませんか? 私はどちらかというと、その方が多いかもしれません。



 そのようなことも考えつつ・・・では、本題へ参りましょう(^^)



 アフロディーテといえば、ラテン名ウェヌス、英語ではヴィーナスと呼ばれ、一般名詞化していますので、人気の程が推し量れますね。
 古代ギリシャではどんな女神とされていたのでしょうか。
 恋人であり、愛の神アモールの父親でもある戦の神アレースとともに、ご紹介しておきます。絵画も添えて。



⭐️ アフロディーテ



 美と愛(と性)の女神、と呼ばれる彼女は、女神の中で最も美しいのですが、多分にエロティックな美しさだったようです。
 というのも、元来は小アジア由来の女神で、豊穣を司り、人間(や家畜、野の獣)を生殖へと導く性質を持っていたから。

 『ホメーロスの諸神讃歌』で、以下のようなお姿が語り伝えられています。

 なお、「牧人」というのは、物語の中でも取り上げた、トロイアの王子・アンキセスのことです。雅やかな逢瀬、男女の機微(駆け引き)が描かれた叙事詩風讃歌です💓


そこでカリス女神がアフロディーテーに浴みをさせ、女神の肌に
永遠にいます神々の肌に匂う不死の香油、甘く香る神油を塗った。
さて、その肌に美しい衣をすっかりまとい、
黄金の飾りで身を飾りたてると、微笑を喜ぶアフロディーテーは
空高い雲間を分けてすばやく道をたどり、
芳しいキュプロスを去って、トロイアへと急いだ。
獣たちの養いの母なる泉多いイーダーに着き、
嶺を踏んでまっすぐに牧人の小屋へと歩んでいった。
すると女神の後を追って、灰色の狼、輝く眼の獅子、熊、飽くことなく鹿追い求める足速い豹が、尾を振りながらついてきた。
女神はそれを見て心に喜びを味わい、
獣たちの心に甘い欲情を投じると、その獣たちはどれも
二匹ずつ寄り添って、暗い蔭なす谷あいで交わった。

『ホメーロスの諸神讃歌』
「アフロディーテ讃歌第五番」より
沓掛良彦 訳


William Blake Richmond: Venus and Anchises(1889-90)



 そのようなわけで、ひとりの人に生涯を捧げていては世の中への示しがつきません。いろんな恋人と仲良くするのが彼女の本分。


William-Adolphe Bouguereau: The Birth of Venus (1879)


 上で引用した『ホメーロスの諸神讃歌』では、あまりにも美しすぎるアフロディーテを直視することができず、アンキセスが目をそらして布で顔を遮る様子が描写されています。目もくらむほどに美しい女神・・・♡

物語本編では、(アモール目線ですから)ブグローが描くアフロディーテ↑のイメージを採ったため、あくまでも優美なご様子に仕上げました。
 一方、ティントレットのアフロディーテ↓は妖艶で、どちらもアフロディーテらしいなあと思っています。きっとアレースから見たアフロディーテは、ティントレット的なのだと思います(画中のアレースはテーブルの下に隠れています)。


Jacopo Tintoretto: Venus and Mars Surprised by Vulcan (circa 1551)



 さて、そのアフロディーテは、一般に、ヘファイストスの妻とされています。ヘファイストスは、↑で、あごひげの生えた初老の男性の姿で描かれている神様です。
 アフロディーテが、男神の中でも1、2を争う美形アレース(もうひとりの美形はアポローン)と密会していたのを発見した場面が↑で、それをきっかけに、ヘファイストスがアフロディーテを離縁した・・・という経緯をたどります。

 ヘファイストスは、当時、労働のキツさなどから下層の職業とされていた鍛冶職人の守護神ということで、神々にしてはめずらしく、美形ではないことになっています。ですが、彼の美しさは、その造形物の美に余すところなく現れているのではないかと思います。武具もですが、金属のアクセサリーも見事な造作だったそうです。
 ペルセフォネーが《コレー》として地上に暮らしていた頃に、オリュンポスのすべての男神からプロポーズされた(そして断った)件については物語本編にも書きました。みな贈り物で彼女の心をとらえようとしたようで、たとえば、アポローンは竪琴、ヘルメスは杖、アレースは槍(←💦)。このときヘファイストスは首飾りを贈り物にしていますので、乙女心を一番理解していたのはヘファイストスなのかもしれません。


 さてさて。そんなヘファイストスですが。ホメーロスの『オデュッセイア』の訳注によると、叙事詩や讃歌などのテクストに、ヘファイストスとアフロディーテを結びつける記述は非常に少なく、一方、アレースとアフロディーテを結びつける記述はわりによく見られるそうです。ですので、ヘファイストスとアフロディーテが夫婦だったという見方はむしろ傍流で、アレースとの逢瀬を見破った顛末がことのほか人々に好まれたため、逆に"一時期、ヘファイストスの妻でした"というストーリーが注目を集めたのかもしれません。



 それにしても、アレースとアフロディーテの息子ですから、アモールのイケメンぶりは相当なものだったのではと思われますね♪ トロイアの貴公子パリスが、ヘラ、アテナ、アフロディーテのうちの誰が一番美しいかを決めるシーンが絵画によく描かれています(「パリスの審判」「三美神」などのタイトル)。

 現代のご時世なら、きっと(架空の)男神バージョンも描かれるでしょうから、アポローンとアレース、三人目はアモールを競わせることになろうかと。アモール=エロースは、神々のうちで最も美しいとされていますし(◔‿◔)

 以下、『パリスの審判』を、アルマン・ポワン、ミュシャ、ルノワールの3画家による競演でお届けします。(私はパリスじゃないので審判はみなさまにお任せします ·͜· ♡)

Armand Point : Le Jugement de Pâris (1910)



Alphonse Mucha : The Judgement of Paris (1895)  


Pierre-Auguste Renoir: Le Jugement de Pâris (c. 1908-10)
ひろしま美術館の所蔵作品。いつも鑑賞しています💕



⭐️ アフロディーテと「精神的な美」


 以上に述べたことはすべて、アフロディーテの外面的な美しさについてでした。神話の解説書に書かれている内容は、ほぼ、これら身体的な美しさのみです。ここから先はギリシャ哲学の範疇。


 《美の女神》ということは、美の担当者、ということでもあるはずです。

 アフロディーテ以外にも、《優雅》の女神たちカリス(ローマ神話グラティア。英単語graceの語源)がいますが、アフロディーテの従者と言われ、上記のように湯浴みの手伝いなどをする記述も見られます。ご本尊はやはり、オリュンポス十二神に列せられているアフロディーテということになりそうです。

 カリスたちが見かけの美しさで人の目を喜ばせたのと同時に、精神的な美を司り、芸術家や技術者の守護神であったことから、アフロディーテにもそのような要素があったはずだと思うのです。


 そこで、今回の物語では、その性質も少し加味しておきました。
 でも、エロティックな美、とりわけ生殖につながる(動物的な)方向性と、精神的な美というのは正反対にも思われます。

 それをどう統合するのか・・・ということで、少々悩みましたが。

 プラトン『饗宴』の一節「エロース(愛)の働きとは、肉体でも、魂でも、美しいものの中で子どもを生むこと」が参考になりました。つまり、不死に憧れる→子どもを産む=自分を複製、再生産する、という願望が、肉体においては生殖に、魂においては芸術に向かわせる、ということなのでしょう。

 この「精神的な美」、つまり美のイデアを体現した女神としてのアフロディーテを描くのはなかなか難しく、入り口を覗いただけで、中途半端だったかな・・・と心残りだったりもします。一篇の、別の物語でも語りきれないテーマに違いありません。また追々に考えていきたい・・・という展望もこめて、この記事を"架け橋"として残しておきたいです。


⭐️ アレース


 そもそも神々はほぼ皆さま美しいわけですから、形容詞に困るところがあります。それで、いろんな書籍を参考に、アモールについては「最も優美」、アフロディーテについては「最も美しい」、アレースについては「男神の中で一、二を争う美貌」としました。

 アポローンが知性派で見た目もクール、一方アレースがマッチョで野性的な美形の代表です。
 私は体育会系がやや苦手といいますか...筋肉美があまりピンと来ないので、アレースの描写については非常に苦労しました...友人noterさんにも「男性的な美しさとは」をインタビューしてみたら「フィギュアスケートの羽生結弦さん」「ミケランジェロの彫刻」「日本の武者絵」との示唆。
 それで、またまた悩んだ挙げ句、最終的には、(私の眼から見てもスタイリッシュに見える)陸上短距離アスリートの、ブレない体幹に基づいた均整美を基本にしたのでした。



 さて、そのアレースは、戦の神ということなのですが、女神アテナが知的な戦略を立てて戦争をするのに対し、アレースは何の考えもなくひたすら暴れて破壊するという、戦争の残虐さや狂気を神格化した神だったそうです。それを、絶世の美形にするところが不思議というか怖いというか…。
 ともあれ、生活においてはご利益がない神となるわけです。また、もともと辺境にあたるトラーキア(※)で信仰されていたこともあり、当時のギリシャ人からはあまり好まれなかったそうです。そういった背景から、粗暴な性格付けをされたということなのでしょう。

(※)ブルガリアの南東部とギリシャ北東部の一部、トルコのヨーロッパ部分


 時代は下り、ローマ期になると、勇壮で頼もしい軍神マルスとされました。大変好まれ、汚名をそそいだようです。


 それにしても、アレースとアフロディーテという、目もくらむ美しさであることを除けば正反対の性質を持つふたりがカップルなのは、不思議ではありますよね。
 これについては、民俗学の立場からは、性愛も破壊も人間の生命エネルギーの奔流であり、アレースが破壊しアフロディーテが創造することによって、世界の様々な循環が押し進められる──ということみたいです。


 以上、アフロディーテとアレースの基本的な方向性についてご紹介してきました。


【こぼれ話】ヘルメスとアフロディーテ


 締めくくりの絵画はこちらです。

Alexandre-Charles Guillemot: Mars and Venus Surprised by Vulcan (1827)


 アフロディーテとアレースの関係を疑ったヘファイストスが、目に見えないほど細い鎖で編んだトラップをしかけ、"現場を押さえた"シーンを描いています。上述のティントレットの絵とは、ストーリーが少し違っていますね。

 オウィディウス『変身物語』によると、このあとオリュンポスの神々が呼び集められます。そのなかで青年神ヘルメスが「こんなふうにさらし者になってもいいから、アフロディーテの相手をつとめたい」と呟いた逸話が語られます。

 そのヘルメスですが、ゼウスの伝令神であり、かつ計略、発明、泥棒など多方面に優れていました。これは、当時の貴族社会において虐げられていた庶民を代表する神だったという背景からです。光の神アポローンに代表される特権階級による支配をやり過ごしながら、うまく生き抜くための知恵・・・を体現していた神様です。
 アポローンのアトリビュート(象徴物)である竪琴ですが、それを発明したのがヘルメスで、ふたりは紆余曲折の後に仲良しになります。これは、貴族と庶民の融和を(現実はともかく)示す逸話です。
 神話を読むとき、神々のストーリーとして読むだけではなく、当時の社会のあり方を眺めるのも愉しいものですね。


 そのヘルメスは、紀元前後のローマで書かれた天文学・神話の本によると、あろうことかアフロディーテが大切にしていた黄金のサンダル(履くと空を飛べる)を盗み取り、返還と引き換えに関係を迫ったりと、ちょっと許しがたいこともしています(その逸話を読んだとき本気で腹を立てた私💦)。結局、おふたりの間にお子さまも誕生していますので、・・・アフロディーテ様も抜け目のないお方でしょうし、神々の生涯はとても長いですから、いろんなドラマがあったのでしょう、きっと💦


 なお、上記で引用した『ホメーロスの諸神讃歌』では、アンキセスに惚れてしまったアフロディーテが、人間の王女を名乗ってアンキセスに近づき「あなたの妻になるようにとヘルメス様が私をさらってここにつれてきましたのよ」とダシに使っているところもまたおもしろく(^w^)
(時代としては、「諸神讃歌」が先で『変身物語』が後ですが)


 アフロディーテは、語れど尽きぬ"エピソード女王"みたいなお方ではありますが、ここではこの辺りで締めくくりたいと思います。

 眺めても飽きることのない《綺羅、星の如し》のギリシャ神話。また折に触れて訪れたい世界です。




 ここまでお読み下さり、どうもありがとうございました。


 次回の記事は、「アフロディーテ=美」つながりで、19世紀フランスの詩人マラルメによる『エロディアード』を、ほんのさわりだけですが、ご紹介する予定です。この記事に差し込もうと思ったのですが、世界観が違いすぎる気がしたので、別立てにしました。↓↓


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星の汀 / ほしのみぎわ
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