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介護が始まった父にとっての『幸せ空間の自宅』を出るタイミングを考える

~1日1%を「幸せ時間」で積み上げるをテーマに~
こんにちは。yumiです。

今の私の生活の6割方は父のサポートになっているので、どうしてもアウトプットも父の事ばかりになってしまうのですが、今日もそんな父とのかかわりからのお話です。

仕事の時も、長年お客さんの為に全力投球で毎日を過ごしていましたが、今も相手ややり方が異なるだけで、目の前の事に全力投球するということは変わっていないなと思います。

そんな全力投球が売りの私も、まだ母も健在だった10年以上前のころは、老後は老人ホームに入ってもらえれば大丈夫かなと本当に漠然と思っていました。

今はというと。
老人ホームに入るということが、どれだけ覚悟のいることなのか。
これは、それぞれの家族によって考え方が異なると思いますので、我が家にとってという意味です。

ここ数か月、父にとって自分らしく生きてもらうために、どのようにサポートしていけばいいのかを考えていった中では、様々な工夫をして何とか自宅で過ごし続けることが父にとって穏やかに幸せに暮らせる最低条件なのだと理解するようになりました。

しかし、どこかのタイミングでそうではなくなる時期が来てしまうかもしれないという思いも。

自宅という母と過ごした懐かしの空間に居ることで幸せ感情が溢れる状態であることが望ましいのですが、足腰がもっと悪化していったり、認知症が進行していったりすると、いつかは自宅では安心・安全に暮らせなくなるタイミングが来るのだろうとも思うのです。

そのタイミングを、感情に任せて見誤らないようにしなくてはいけないなと思いつつ、ちょうど先週、今がそのタイミングかもしれないと思う瞬間が来てしまったのです。

ただ、今回は病院に行き、症状に対する診断が出て、お薬を飲み始めたところ、改善の兆候が出始めたので、そのタイミングはもう少し先でもいいのかもしれないとなりました。

今回徐々に悪化していく父の状態を目の当りにしたことで、現実的な限界値を理解することができました。

『幸せでいられる自宅』という妄想にしがみついていたい私たち親子の気持ち、父を支える私自身にも精神的な限界があるという現実的な限界値をまざまざと理解することができたので、頭がしっかりしてきた父にもそのことを話し、未来には父に施設に入ってもらうことも視野に入れ、もう少し今を過ごしていくことにしようと思います。

今日もありがとうございました。


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