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痴愚神礼讃 エラスムス
痴愚神礼讃が面白い。神学者エラスムスによって500年以上前のヨーロッパで書かれたもの。痴愚の女神様が人間界は私のおかげで成り立っているのだと一人語りをずっとしている。偉そうにしている学者・聖職者・教皇などがいかに痴愚に浸っているか鋭く風刺する。
ユーモアもさることながら、500年前もヨーロッパで書かれたとは思えない、現代日本でも通用しそうだなと思うところも多数。なかでもちょっと印象的だった人間社会を風刺した箇所を参考までに。
(中略) 賢者達がおっしゃいます。票を得ようと辞を低くして民衆にへつらい、金銭をばらまいて人々の歓心を買い、あまたの馬鹿者たちの拍手を追い求め、喝采を浴びて悦に入り、勝利を得たとなると、民衆に見てもらおうと、何か神像ででもあるかのように担ぎまわられ、銅像となって広場に立つほど馬鹿げてことがあろうかと。
これに加えて、ある人に名を添えたり、異名を奉ったり、つまらぬ人間に神にも等しいような栄誉を麗々しく捧げたり、さらには公の儀式をとりおこなって、悪逆非道な暴君でさえも神の座に祭り上げたりするのは、なおのこと。まさに愚の骨頂で(中略)誰がそれを否定することができましょう?しかしながら、これらを源として(中略)英雄達の事績が生まれたのです。こういった痴愚が都市社会を生み、支配権も、統治制度も、議会も、司法も安泰に保っているのですから、人間の生活などは痴愚女神のたわむれのようなものにほかなりません。
(沓掛良彦訳) 中公文庫.
この風刺がピンときてしまうということは、人間社会はこの500年間で技術は進歩したかもしれないけれど「痴愚女神のたわむれ」の世界から遠ざかっていないのだなと思う。
(100分de名著でも取り上げられないかなー。解説は「あつい」後書きを書かれた訳者の沓掛良彦さんにお願いできればさらに良いよなー。)