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棚の本:大江健三郎自選短編

ノーベル文学賞作家・大江健三郎が自選した23篇です。
大江健三郎は、昨年3月3日に88歳で亡くなりました。

くまとら便り

厚さ3.3cm。一生読み終わらないかと思いました。

35年の間に書かれた作品群で、デビュー作と後期作品では印象が全く違います。
中期以降は、私小説的な短編が多くなります。
大江の海外での活動、息子の大江光氏(イーヨー)が知的障害をもって生まれ音楽の才能に恵まれたこと、青年期の成長、きょうだいや妻※の様子、故郷(四国の森)のこと、などが複数の短編に描かれています。

棚主は、実家に音楽家・大江光氏のCDがあったことを思い出し(大江健三郎の本はなかったけれど)、あの人が息子のイーヨーなのか、と人生の小さな伏線回収に驚いたりしました。

特に印象に残った作品について書き留めます。

『セブンティーン』
初期短編。巻末初出一覧によれば1961年1月号の「文学界」が初出です。

日米安保闘争の只中で17歳の誕生日を迎えた少年が、性と暴力の衝動に文字通り突き動かされる様と、《右》の団体に加入して身を捧げ、頭角をあらわすまでが描かれています。

本当にどうでもいい話ですが、当時は、少年少女の性的放蕩を「桃色遊戯」と言ったようです。
「不純異性交遊」ならともかく「桃色遊戯」というワードは、初見で全く意味が分からず、何度も出てくるので調べてしまいました。

荒ぶる自然と人の衝動を同じと考えてよいか、自然への畏敬の念(アニミズム)と神道の関連、不可知(死)への恐れと信念・信心、制御不能な欲望と自己愛と怒り、力動の制御と社会システムみたいな事柄について、閃きの瞬間があり、アハ体験ができた短編でした。

政治少年の「仔犬」のように「ナイーブ」で「兇暴」な心を少し理解できた気もしましたが、読んで分かることと、強烈な他者を実際に受容することはほぼ別なことだな、とも思いました。

おれが怖い死は、この短い生のあと、何億年も、おれがずっと無意識でゼロで耐えなければならない、ということだ。この世界、この宇宙、そして別の宇宙、それは何億年と存在し続けるのに、おれはそのあいだずっとゼロなのだ、永遠に!

『セブンティーン』

「雨の木」《レイン・ツリー》を聴く女たち
(連作『「雨の木」を聴く女たち』の2)
初出は1981年11月号「文学界」です。46歳の時の中期短編です。

子どものころ、家に武満徹のCDもあって、少し恐ろしい感じがする音楽で、特に木琴(マリンバ)の印象が強かったのを覚えているのですが、作品に登場する大江健三郎の「友人にして師匠パトロン」の「音楽家のT」が、武満徹だと知り、驚きました。

子どもの私が聞いた木琴の曲は「雨の樹」だったのかもしれません。
ーそれとも、あいまいな記憶の海で、虚実が綯い交ぜになっているのか。

河馬に噛まれる
(連作『河馬に噛まれる』の1)
1983年11月号「文学界」が初出の中期短編です。大江健三郎は当時48歳。
ウガンダで牡の河馬かばに噛まれ、「河馬の勇士」とあだ名される青年の話です。
青年は「浅間山荘」の事件に関係したことで、「もう穴ぼこに落ちたし、出てゆけそうでもない」と思っているものの、自分を心配する母親(マダム)のことを気の毒に思い、マダムから頼まれた大江健三郎(僕)と文通をします。

青年は、凄絶なリンチ(統括)殺人の関係者ではあるのですが、巻き込まれるように「なんとなくそういうことになった」類の「十七、八の若者」です。
山岳ベースで彼が熱心になっていたのは、理論武装や武闘訓練、自己批判でなくて、便所掃除と糞便処理の仕事でした。

抽象化の極点に達した若い男女の集団生活の結果、現実には大量の糞便の処理が必要となっており、彼は一人糞便にまみれながら、糞便を建物から離して沢に流れ込ませる通路をつくり、湧き水を利用して沢へ誘導したのでした。
「糞便の有機物」に対する青年の仕事は、ウガンダの「精気ある河馬の生態」と重なります。

ウガンダの日本人青年が河馬に噛まれるという、めずらしい事故の記事から、明るい兆しをなかば無理やりに僕が想像し、物語が終わります。

青年を励ます手紙を書き、彼の気力の恢復を希求する僕もまた、「鬱屈をいだいて暮らし」ており、陽性の励ましやエネルギーを希求しているのはむしろ、年嵩の僕の方では、というように読みました。


話題は変わりますが

『大江健三郎自薦短編』は、ニシダがYouTube個人チャンネルで紹介していた本です。
『河馬に噛まれる』を読んだ時、「河馬の勇士」の青年とニシダがオーバーラップしました。
二人の年齢はずいぶん違いますが、カバに脇腹を噛まれるユニークなエピソードを持つ青年の内面的な部分や、ニシダの個人チャンネルの名前から直観したのだと思います。
それで確認のために、ニシダの個人チャンネルの名前の由来をCopilotに質問してみたのです。
素早く、そしてスムーズに回答が生成され始めましたが、突然AIに話題を変えられてしまいました…

iOS版Bing/Copilotの回答(GPT-4使用)。

かくて、AIは回答を生成せず、ネット検索でも答えに辿り着くことはできませんでした。
そのような訳で、ニシダのYouTube個人チャンネルの名前の由来は、個人的につぎのようなものであると創造想像します。

大江健三郎の短編『河馬に噛まれる』に登場する「河馬の勇士」とあだ名される青年がー「文章によってよりは、劇画式の絵でよく自己表現し得る世代」に属する若者としてー詳細な絵(二枚目の絵、第二図)による糞便処理装置の構想を持っていたことに触発されたニシダが、動画という第三の手法を通じ、インターネット上の「糞便の処理について考え、川を汚染させるのではなく、逆に豊かにする」ことを構想し、『ラランドニシダ・うんこチャンネル』と命名した。
チャンネル視聴者に「穴ぼこから抜け出すヒントを発見」して欲しいという「切実に実現がねがわれもする希求」をいだいて、作家ライプニッツと共に動画制作を行なっている。



それでは。


※ 妻大江ゆかりさんは、映画監督伊丹十三の妹。


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