【論文読了】戦略としてのコスト管理
DIAMONDハーバード・ビジネス・レビューの2023年10月号は戦略としてのコスト管理でした。
不況期になると企業は徹底的なコスト削減を行い、投資を控えます。何でもかんでも削れるところは削れとなります。家計もそういうことしますよね。
しかし中にはコストを削るものと削らないものを分け、コストダウンと投資を同時に進める企業もあるそうです。今月号ではそういう企業の事例が紹介されています。
またカルロス・ゴーン体制のときに日産の再建を図った方へのインタビューも出てきます。一般的に言われていることと実際に行われたことでは、かなりギャップがあると感じました。
それでは行ってみましょう。
経営の効率化と未来志向の投資を両立させる法
不況期でも攻めと守りを意識する
最初の論文は、コロナ禍のような不況期など危機的状況下で、攻めと守りを両立する方法です。
このような時期では多くの企業か徹底的にコスト削減に励むことで生き残ろうとします。しかしコスト削減のような守りと同時に新たな投資という攻めも行う企業があるというのです。
本稿ではアラスカ航空が紹介されています。コロナ禍において競合他社が機体の発注を控えたのに、妙味のある価格(交渉してお得な価格にしてもらったのでしょう)でボーイング製の機体を68機も購入したそうです。
ものすごく大胆な行動です。しかし不況期にコストダウンだけしたら会社が弱体化してしまいます。そこで他社が安全策に走ってるのを横目に、いい条件で取引をまとめるわけですね。
攻めと守りを両立するためのマインドセット
本稿では、3つのマインドセットが紹介されています。
危機下におけるセンスメイキング
ブートストラッピングの倫理
ステークホルダーの利害を調整する
1は困難な状況下では前に進めると思える材料とか道具があればいいという話です。遭難したときは正しい地図でなくても、地図さえあれば頑張って帰還しようと思えるということです。
私もかつて似たような経験があります。協力会社の助っ人として大企業の大規模プロジェクトの支援に行ったときです。
そのプロジェクトは50人もベテランばかりを集めていました。そして設計までやってコーディングの工程まできたものの、新規システムの開発をやったことがある人がいなくて、どう作ればいいのか解らないと行き詰まっていました。
そこで私が自社のテンプレートを参考にアプリケーション構成、開発標準、サンプルなどを作りました。そして全チームのリーダーを集めて解説しました。
これにより止まっていたプロジェクトが進み出し始めました。
あるメンバーが言っていました。「詳しそうな人がこういう方法ならできそうと言うことが大事。そうすればみんな進めるようになるから。間違っているかもしれないけど、それなら後でやり方を修正すればいい。」
2はコスト削減に夢中になるあまり自社の可能性をぶち壊してはいけないという話です。削っちゃいけないところを削ったら、企業は弱体化しますから。
アーリーステージのスタートアップに見られるブートストラップ精神を取り入れろとのことです。
新しい顧客価値の創出と倹約を同時に進めろという話です。コスト削減だけを考えるのではなく、コスト削減と同時に投資や顧客価値の創出もせよということです。
余裕なさそうですね。でもマインドセットの話ですので、そういう心構えは持っておきましょう。
3は最近よく言われていることですね。様々なステークホルダーの利害を上手くバランスを取れということてす。
成長戦略としてのコスト削減
削っていいコストと削ってはいけないコストがある
今度はコストトランスフォーメーションと言う言葉が出てきます。最近は何でもかんでもトランスフォーメーションですね。
何でもかんでもコストを削るのではなく、削ってもいいコストと削ってはいけないコストを分けようと主張する論文です。
調査の結果、コスト削減によって利益を伸ばした企業はその後、売上高も利益も減少したそうです。しかし売上高の増加によって利益を伸ばした企業は、売上高も利益も伸びたそうです。
ポイントは顧客に提供する価値を高めることにつながることはコスト削減をしないことです。具体的に言うと、製品に使われる材料や顧客体験、事業運営の効率を下げるコストダウンを行わないということです。
またケイパビリティにつながるコストも削ってはいけないそうです。
逆にこれら以外は削ってもいいコストになります。製品のパッケージに使う材料を減らす、パッケージを小さくするなどです。
多くの企業は不況になったり業績が悪化したりするとコストダウンを行います。しかし景気や業績が回復すると再びコストが膨らみます。そしてまたコストダウンを行います。
なんでもかんでもコストを削ればいいだと、こういうことを繰り返すわけです。だから削るコストは顧客に提供する価値やケイパビリティにつながるかどうかで決めましょうということになるのです。
コストトランスフォーメーションを進める方法
削っていいコストと削ってはいけないコストが解ったところで、どう進めればいいのでしょうか?要点も挙げられています。
今回聞きなれない言葉が出てきました。デジタルファクトリーとフューチャーレディです。
フューチャーレディは検索すると書籍が出てきますが、これのことなのか解りません。DXに関する書籍なので、これを指しているかもしれません。
やはりと言うかなんというか、コストに関する変革も一般的な変革論同様に、成功事例ができると従業員が納得するようになり、勢いが出てくるそうです。ここは変わらないか。
実現に関する方法は沢山書かれています。会社でこういうことをやる立場の人は少ないでしょうけど、まずは家計で実践してみようかなと思います。食費とか学習費、交際費あたりが該当しそうです。後は記念日のプレゼントかな。
中間管理職の人員削減を軽々しく行うべきではない
中間管理職を削るのではなく、役割を再評価する
コスト削減というと、中間層や中間管理職を退職させるイメージがありますね。本稿は中間管理職を解雇するよりも、役割を再評価し、選手権コーチから管理業務に専念できるようにせよと説いています。
多くの企業では中間管理職が官僚的な仕事から抜け出せず一般社員と変わらない仕事をさせられているというのです。
個人のパーパス
個人的に気になったのは、採用に関して個人のパーパスと会社のパーパスが一致していることが挙げられています。
多くの場合は会社が求めるスキルを持っているかどうかが重要視されますが、もっと重要なのは目指していることなのです。ここが合わないと不満を感じて早期離職につながりますし。
これまたコロナ禍以降によく聞いた話ですが、コロナ禍で家に閉じ込められて、人生やキャリアについて考え直した人が多かったそうです。そして個人のパーパスを考えた人も多かったわけですね。
選手兼コーチを止めさせる
ここ何十年かは管理職と言えどプレイングマネージャーが増えています。私もプレイングマネージャーが自分の性に合っていると感じて長年続けています。
しかし本稿によると、中間管理職の多くが価値の低い事務作業と一般社員の仕事に費やしているそうです。これを選手兼コーチと呼んでいます。
管理業務に専念させよというのですが、どんな業務ならいいのでしょうか?最大の利益を生む、最大のリスクを伴うなどの役割だそうです。
つまり利益を上げさせろとなるのですが、売上や利益で報酬を決めてはいけないそうです。困難な職務を引き受けた者を評価せよとのことです。
困難な職務とは何かが書かれていませんが、コスト削減が必要な状況下では、大幅にコストダウンできるプロセスや技術の開発、あるいは大口顧客の獲得や大きく売上を伸ばせる製品・サービスの開発でしょうか。
困難な職務は現状を大きく変えることなのかなと私は捉えました。
日本企業の再建には、組織のしがらみを断ち切ることが欠かせない
今あえて日産の再建の事例である理由
次はカルロス・ゴーン氏の下で日産リバイバルプラン(NRP)の実行部隊を率いた方へのインタビューです。
今あえて日産の再建なんですね。よくよく考えると、カルロス・ゴーン氏はコストカッターの異名で知られていましたから、日産の再建の話はコスト管理がテーマの今月号に合ったのでしょう。
しがらみを断つ
メディアでは日産は再建に当たり、部品メーカーに競争させることでコストダウンしたと読んだことがありますが、実際のところは正しくないようです。
またカルロス・ゴーン氏が沢山の下請けを切ってコストダウンしたという記事も見たことがありますが、メディアによくある感情をあおる形にデザインされた記事の可能性もあるんだなと感じました。
実際にやったことは、部品メーカーへの天下りを止めたことと、原価20%削減を依頼する代わりに発注量を2倍にしたことです。
当時の日産はルノーと比べると明らかに高コスト体質であり、その原因がしがらみにあったそうです。
部品メーカーへの天下りをした元役員が部品メーカーを守ろうとしたり、さらには顧問相談役などとして社長や会長を辞めたOBが影響力を発揮していたりしていたそうです。
こうなると内部の人が何を言っても、天下りした元役員も顧問相談役も先輩ですので、言うことを聞いてくれないでしょう。だから外部人材に頼るのが得策となるのでしょう。
しがらみを断ってコストダウンするために、日産は部品メーカーに対し20%のコスト削減をしてくれたら、仕事の依頼量を2倍にしました。
これで日産から離れて違う会社と取引する部品メーカーと、日産との取引を続ける部品メーカーに分かれたそうです。
各部品メーカーは日産との取引を続けることにメリットがあるかどうか、コスト削減は可能かどうかで各自判断したわけですね。
大企業では30代の社員に子会社の社長を任せるべき
日本の産業界が弱くなっている理由として業界再編が進まないことと新陳代謝が進まないことが挙げられています。
これに関して、安定志向が強いことは今更言うまでもありません。また政府も起業支援策を考え実施しているようです。私ももっと起業が増えたり、新しいことにチャレンジする人が増えたりしたらいいなと思いますし、私自身は安定なんて微塵も求めていません。
このインタビュー記事の志賀俊之氏は日産入社時、ボートを売る部門という傍流に配属になったそうです。40人ほどの部署だったというので、中小企業のような感じで幅広く色々な業務を体験できたそうです。
私も中小企業やベンチャーで上流工程から下流工程まで、顧客折衝やマネジメントなど幅広く経験してきました。大きな会社では一部しか担当できないですが、小さな会社なら全体を担当でき、仕事全体を見渡せる視野と幅広く色々対応できるスキルが身に付きます。
このインタビューでは大企業の仕事は10を100にする改善の仕事ばかりという話が出てきます。0から1を生み出すクリエイター、1から10にするリサーチ(研究という意味合いが強いでしょうね)、改善を繰り返して10を100にする人の3種類がいるそうです。
この中で10を100にする人は世の中に沢山います。そして大企業で積める経験の多くが10を100にする仕事なのだそうです(私は大企業に勤めたことがないので解りませんが)。
だから30代で子会社の社長を経験させて、0から1や1から10を経験させた方が有意義な経験になるという話です。
私は社長はやったことがありませんが、会社の代表としてのプロジェクトマネジメントは何度もやってきました。上司の指示など全くなく、自分の裁量で顧客のために何ができるか考え、チームを動かして仕事をしてきました。
大企業で10から100の仕事をしている人の方が専門性は高いと感じます。しかし小さな会社で自分の責任と裁量で仕事すると、顧客とかビジネス、マネジメントなども身に付きます。一人であれもこれもできる人になるので、視野も広くなります。
大企業でも子会社の役員に当てることで、こういう広さを身に付けられると期待できますね。
人材はコストではなく投資と考える
日産は再建に当たり21,000人もの従業員を削減したそうです。これは天下りや顧問相談役などへ忖度し続けたツケでしょう。
しがらみに囚われて従業員を路頭に迷わせてはいけませんね。キッチリした経営を行い、キッチリと業績を上げなければ、従業員を養い続けることはできません。元幹部への忖度を優先しては会社が腐敗してしまうでしょう。
カルロス・ゴーン氏は「人を増やす時は減らす時の痛みを理解した上で増やさなければいけない。ボトムに合わせろ」と言ったそうです。つまりあまり忙しくない時期に合わせた人数とし、忙しくなったら外注で対応するわけです。
忙しい時期に合わせて暇なときに人を持て余したら、その人はどうすればいいでしょうか?会社に余裕があれば開発や改善などをやってもらうのもいいでしょう。しかし多くの場合は会社に余裕がなくて、辞めてもらうことになるでしょう。
人を雇ったら、養い続ける義務が発生します。だからむやみやたらに採用して大赤字になってリストラではいけません。こういうところは真剣に考えないといけません。
また日産はGEのクロトンビルのような研修所を作り、リーダーの育成にも力を入れたそうです。人数を増やさずに一人一人の付加価値を上げるためです。
他にも人員削減に対して、どこに行っても活躍できるように人を育成することも挙げられています。
会社は永遠に続くわけでも、永遠に好業績なわけでもありません。だから労働者側もいつでもどこでも雇ってもらえる経験やスキルを身に付けておくことが必要です。会社としてもそうしてやれる配慮が必要ですね。
終わりに
コスト管理というと今まで守りのイメージがありました。攻めは営業とか投資のように売上を増やすものというイメージでした。
しかし今月号では、顧客価値につながる支出は減らすな、中間管理職を有効活用せよ、人材育成をせよという話が出てきました。
ちなみにコストカッターで知られるカルロス・ゴーン氏は、女性活用や社長直轄のデザイン部門の創設など、コストダウンではなく付加価値増加につながる施策も行ったそうです。
コストダウンにばかり気を取られず、売上アップ、付加価値アップにつながることもコストダウンと同時に考えられるようになったらいいなぁと感じました。