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どこで働くかではない、どう働くかだ
こんばんは、つちいじりです。
今日は、「レガシー企業勤め」について書いていきます。
最近ではスタートアップや起業、フリーランス、転職など働き方も多様化してきました。
わたしは現在社会人生活を約15年送っています。
これまで2社勤めていますが、いずれもいわゆる日系の大企業です。
世間では、「大企業」と「スタートアップ企業」の対比もよく見ます。
この二項対立も時代とともに、さまざまな受け取り方をされています。
以前は「安心安全の大企業」、「大企業のブランド」へのあこがれがあり、わたしも新卒当時はその類のものさしで会社選びをしていました。
今の10代、20代の若い世代はスタートアップで働くことが一種のキャリアステータスであり、あこがれにもなっているようです。
日本ではスタートアップのことをベンチャー企業とも言うことがあるように、「冒険」や「リスク」がつきものです。
それでも若いうちは失敗も糧になるということが社会的にも受け入れられつつあるように感じます。
※スタートアップとベンチャーを分けて使うこともあり、厳密には意味やポジションは異なりますが、本題とそれるのでその説明は割愛します。
それらとは対照的に、日系大企業や老舗企業はレガシー企業などと揶揄されて必ずしも以前のような良いイメージだけではなくなってきました。
しかし、今日はレガシー企業も捨てたものではないということを言いたいと思います。
よく言われるレガシー企業への批判には次のようなものがあります。
・年功序列、終身雇用前提のような古い企業体質
・歴史や伝統を重んじて保守的
・スピード感がない
・ダサい
そういうご批判は甘んじて受けましょう。
なかには、大企業もDXだ!イノベーションだ!と頑張っているんだという人もいますが、それもいわゆるスタートアップから見れば「ふん」と鼻で笑われるレベルが大半です。
そこで競おうということ自体が間違いだと思います。
会社は人の集まる箱でしかありません。
人が企業文化や風土、そして業績をつくるのです。
わたしの言いたいのは、どこに勤めるかは関係ないということです。
どレガシー企業で存亡の危機に瀕していようが、急成長中のスタートアップだろうか、自分の求める働き方や所得や働く喜びを得られれば、どちらでもよいのです。
大企業の至れり尽くせりの教育制度や非成果主義な評価制度がキャリアとしての成長機会を奪い、モチベーションを下げるという意見もあります。
そういう事実もあると思います。
だから何だというんですか?
自分のキャリアの舵は自分でにぎるものです。
会社の経営陣や同僚、または会社の制度は、ときに自己成長を助けるものであり、ときにそれを妨げるものです。
それ以上でもそれ以下でもありません。
大企業よりスタートアップの方が成長機会が多いというのは、かなり受動的な見方だと感じます。
働き甲斐も成長機会もないなら作ればよいです。
そういうものを会社の大小やアグレッシブさ、事業内容に求めようとすること自体、主体性がない発想です。
(もっとも、時代の流れに押され経営危機に瀕したレガシー企業も見方によっては相当なベンチャー体質です。)
企業の良し悪しを語る前に、自分のキャリアを真剣に主体的に考えることが重要です。
それが満たされるように行動すればよいだけだと、会社員を15年もやっていると気づくものです。
その考えの先に転職があったり、起業があったり、働き続けるという選択があるのです。
レガシー企業勤めも悪くないですよ。
ではまた。
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