シマウマを家畜化する試み
前回、ウマの家畜化に関する記事を書きました。ナショジオに載った記事を絡めて、コンパクトにまとめることができた反面、大ネタの割にボリュームが不足かとも思える出来でした。
前回の記事はこちら。
例えば同じ題材を扱ったnoteでも、こちらの記事などはかなりの大ボリュームです。
さてその記事をまとめている途中、ふと思い出したのは手元にある書籍にシマウマの家畜化についても書かれていたはず、ということでした。そこで該当箇所を探したところ、なかなか見つからない。
以前、ネット上でシマウマは気性が荒くて家畜化に向かない、と主張している人がいた時に、この本ではシマウマには家畜化を妨げる気性的な問題はなく、単に文化的なものだと書かれていたことを思い出したので、書かれていること自体は間違いないのだが、と不思議に思いながら探します。結局、なかなか見つからなかったのは、記憶にあるよりもずっと僅かな記述しかなかったからでした。
せっかくシマウマの家畜化、というもの珍しさで興味を引くことのできそうな適度にマイナーなテーマを見つけたものの、独立した記事にするのは難しいだろうかとも思ったのですが、せっかくなので今ある情報だけでも纏めておくことにします。いつか新しい資料が見つかれば加筆したいと思います。
シマウマはウマ・ロバと同様にウマ科エクウス属に属す生き物で、グレビーシマウマ、サバンナシマウマ、ヤマシマウマの3種に分けられるのが一般的です。アフリカの広い地域に分布するサバンナシマウマに比べ他の2種は分布がかなり限定されています。
エクウス属の他のメンバーであるウマとロバが数千年の家畜化の歴史を持つのに対して、シマウマは普通は家畜とはみなされません。しかしウマの飼育に長い経験を持つヨーロッパの人々がアフリカの植民地に移り住んだ19世紀、シマウマの家畜化は試みられていたのです。
今回のネタ元は「図説 馬と人の文化史」(J.クラットン=ブロック 東洋書林)という本からです。関連する記述を拾って繋ぐだけの記事になるかと思いますが、テーマの希少性に免じてそのままお読みいただければ幸いです。
この本によると、1890年代のトランスヴァールでヨーロッパ人たちは、シマウマを駄載馬として調教する試みを行っていたといいます。本には「THE TRANSVAAL HOTEL」という看板のある建物の前に10頭だての馬車が停まっている図が掲載されています。少なくとも4頭はシマウマです。キャプションには「ラバとシマウマが一緒に輓具につけられている」とあります。
この企ては非常な成功を収め、シマウマが「馬の病気」による死亡率の高いラバに代わりえるとして有望視されていた、とのことです。
シマウマの家畜化の話の際に言われることのある、気性の面についてはどうだったのでしょう。この本ではウマの気性の荒さを述べ、これがウシ・ブタなどと比べて家畜化が遅れた原因ではないかと推測しています。去勢の慣習が広まるまでは、ウマの管理は容易ではなかったことを強調し、翻ってシマウマが家畜化されなかった本質的な理由はない、生物学的より文化的な理由だろうと結論づけています。
また群れを守るウマと、縄張りを守るロバの性質について説明し、サバンナシマウマ(この本ではバーチェルシマウマと書かれています)とヤマシマウマはウマと同じ性質で、ウマと同じく家畜化に応じ、グレビーシマウマ(この本ではグレヴィシマウマ)はロバと同じような反応を示したとされています。
【2021・11・12 追記】
このウマ属の気性についての部分は資料の継ぎはぎに徹したため、わかりにくい文章になっているかと思います。すごく平易にまとめると、シマウマが気性が荒いと言っても、そもそもウマもロバも気性の荒い生き物で、それは本質的な問題にはならない。ウマ・ロバと同様の去勢などの手段で問題は解決されうる。ということだと思います。【追記ここまで】
荷物を運ぶ動物としては、ウマやロバよりもその混血であるラバが多く使われてきました。体格が大きく力強く、丈夫で粗食に耐える、荷物の運搬についてはウマよりもロバよりも優れた家畜とされています。
当然のことながら、シマウマと他のウマ科動物であるウマ・ロバとの交配も試みられていました。19世紀のヨーロッパ及び南アフリカでは数多くの実験が重ねられたそうです。
シマウマとロバからつくられたラバは、南アフリカではウマの風土病などに免疫があったことからおおいに成功したと書かれています。
この本の主張する通り、シマウマの家畜化が成功していたなら、何故現在の私たちの目には、馬車を引くシマウマや、シマウマに跨って牛を追う遊牧民などが映らないのでしょう。アフリカだけの珍しい光景としてすら記憶にありません。
今までシマウマの家畜化が行われていたのは19世紀の南アフリカ、もっと限定するなら1890年代のトランスヴァールという地名と年代がでてきました。この地は1890年代末にはボーア戦争の舞台となります。著者は戦火によって研究の継続が困難になり、また荷物を運ぶ家畜の大口納入先である軍隊も、ラバよりも強情かもしれない新種を採用しなかったのではないかと推測しています。
シマウマの家畜化は、いくつかの長所もありながら、採算のとれる事業に発展しませんでした。やがて荷物を運ぶロバやラバ自体が蒸気機関、更にはガソリンエンジン車へと置き換わっていったのです。
ところでWikipediaの「シマウマ」のページにも「家畜化」の項目があります。ここにはヨーロッパから来たウマはツェツェバエに刺されて眠り病にかかることが多かったことでシマウマが注目されたが、家畜化できたのはごく一部でほとんどが失敗。理由は気が荒く、懐かなかったため。と参考にした本と真逆の主張がされています。また小柄で背骨も貧弱なため、人や重い荷を載せるのが難しく、メリットが少ないとも。
ところがここに添えられた写真は、馬車を引くシマウマ、シマウマに乗ってパトロールする兵士、シマウマによる馬術(障害を跳んでる!)でなんとも本文と不整合な気がします。
個人的には時代的に採算のあう事業にならなかっただけで、シマウマの家畜化は可能なのではないかと思います。そしてンゴロンゴロでシマウマに跨って密猟者を探すレンジャーとか、ヨハネスブルグの町中を進むシマウマの騎馬警官とかいたら面白かっただろうに、と思ってしまうのです。
【2024・6・29追記】
本文中に言及したシマウマとウマの混血の画像を、Xであげている方がいたので、埋め込みで引用します。
【2021・11・12追記】
この文章をサイトにアップした後、僕も時々見ている「ナゾロジー」さんの過去記事にも、シマウマの家畜化についての記事があるのを見つけました。
こちらも例によって「シマウマは気性が荒く、家畜化できない」説ですね。残されている家畜化した例は、僅かな例外として処理されてしまっています。有史以前から人に慣れる個体を選別してきたウマと違って、シマウマは野生が残っているという考えのようです。
僕が参考にした本はかなりの少数派なのでは?と心配にもなってきますが、主流の意見を紹介した上で、少数派の意見を紹介するのも意義があると思っておくことにします。
【2022・5・20追記】
なんと歴史ブログの「歴ログ」さんでも、シマウマの家畜化が取り上げられました。
読み比べることができるよう。「ポータル」としてリンク集を作りましたので、気になる方は是非ご覧ください。
ページトップの写真は、東山動植物園で撮影したチャップマンシマウマの「ピース」くん。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。本業のサイトもご覧いただければ幸いです。
コッソリ・・・。一番最後にあり得たかもしれない乗用シマウマのいる光景を挙げました。思いついた中で自分で笑ってしまったのは、「豪華な多頭だてのシマウマ馬車でパレードする、中央アフリカ皇帝ボカサ」でした。
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