ウマの家畜化 #歴史を支えた生き物たち
先日、ナショナルジオグラフィックのサイトに、遺伝子の研究から家畜ウマの起源が特定されたとのニュースが掲載された。
メディアの報じ方の常で「特定」とあるけれど、実際には他の研究者による検証や反論などを経て定説として受け入れられていくか、そうならないかはわからない。一つの研究成果として頭に入れておきたい。
ある学説が提示され、検証され、定説として受け入れられていくプロセスについても、いずれ文章にしてみたいと思ってはいる。
良い機会なので、馬の家畜化について今回の記事の内容も絡めて、少し纏めておこうと思う。
まず生物としてのウマの仲間としては始新世のヒラコテリウムに始まるが、このあたりはいつか生物の進化を取り上げることができればそちらでやりたい。蹄の進化など興味深いトピックスも多いので。
現在の馬と同じエクウス(Equus)属が登場するのは、手元の書籍だと150万年前だが、Wikipediaだと「第四期の初期か新第三期の最後」となっているので300~250万年前くらいだろうか。だいぶ差があるが、手元の本が発行されてから新しい発見があったかもしれない。
少々本筋から逸れるが、生物の学名はイタリック体で書くのがルールなのだが、noteでイタリック体を表示する方法が見つけられないため、不本意ながら()で括っておいた。
ウマ科の生物は主に北米で進化し、陸続きになったタイミングで南米とユーラシアにも進出し、更にアフリカにも到達した。南北アメリカ大陸のウマ科動物は1万年以上前に絶滅した。
ユーラシアとアフリカに残ったウマ科動物は、いずれもエクウス属のウマ、ロバ、シマウマである。
人類とウマとの関りは、最初は狩りの獲物としてだった。大量の骨がまとめて見つかっている他、ラスコーなどの洞窟壁画にもウマは他の動物と共に描かれている。
ウマが家畜化されたのは紀元前4000年~紀元前3000年頃とされている。今回のナショジオの記事では、アナトリアやイベリア半島も候補だったとされているが、以前よりウマの家畜化の舞台として最有力だったのは記事でも取り上げられている黒海からカスピ海の間のステップ地帯だ。
イヌの家畜化が紀元前10000年頃、ウシ・ヒツジ・ヤギなども紀元前7000年頃までには家畜化されており、ウマの家畜化は比較的遅かったと言える。恐らく最初は他の家畜と同様、食料として飼育され始めたと思われるが、ほどなく乗用または荷役にも供されるようになったらしい。黒海のほとりデレイフカの遺跡から発見された儀礼的遺物には、牡ウマの頭蓋骨が含まれており、その傍らで見つかった枝角の破片は最古の轡ではないかと考えられている。
【2022・1・2 追記】デレイフカ遺跡のウマ遺骨については、紀元前8世紀頃のスキタイの遺物であることがわかり、現在はウマ飼育の証拠とは見做されていないというネット記事が複数ありました。ただ今のところネットの個人の記事しか見つけられないので、取り合えずここに注を入れておくに留めるにします。詳しくは下の記事に纏めましたのでご参照ください。【追記ここまで】
問題となるのは、どのようなウマが家畜化されたかということだ。従来、広く信じられていた説明としては家畜化前のウマは体格の違う4つの亜種がおり、それらがそれぞれ現代の体系の違うウマ/ポニーの原種となったというものだ。その説明によれば、北西ヨーロッパの亜種であるポニータイプ1、ユーラシア北部のポニータイプ2、中央アジアのホースタイプ3、西アジアのホースタイプ4で、それぞれエクスムアポニー、ハイランドポニー、アハルテケ、カスピアンが原種の特徴を最もよく残している品種だとされていた。この説だと最初に中央アジアステップでウマが家畜化された後にも、ユーラシアの各地で独立して家畜化が進んだことになる。
今回のナショジオの記事はこの仮説を否定するもので、現在の全ての家畜ウマが紀元前2700年~紀元前2200年頃、ユーラシアステップの西部にあたるロシア南部のボルガ・ドン地域にいたウマのグループを祖先に持つ、という研究結果が出たというものだ。
この研究はこの時代に初めてウマが家畜化されたことを意味しない。それ以前にもウマは飼育されていただろうし、ユーラシア各地で多様な野生馬から多様な家畜ウマが生み出されていたかもしれない。しかしながらより優れたウマを求める中で、現生のウマのグループが残り、他のグループは衰退してしまったということだ。
この学説が従来説に取って代わって広く受け入れられるのか、従来説を覆すに至らず併記される程度に収まるのか、あるいは学説に反する証拠が見つかって語られなくなるのか、実に興味深い。
ヘッダーの写真は、モウコノウマ。スミソニアンのサイトでCC0で公開されていたものです。
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