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雨天遠望/ある島の可能性|weekly vol.075

今週は、うでパスタが書く。

ビブリオテーク・ド・キノコ(「キノコの図書館」)が送る「九段下パルチザン」のweekly版は今回からナンバリングを付すことになって、数えあげればこれが七十五本目ということだった。
しかし私は生来検算ということをしないので、もし間違っていたら教えてほしい。

もっとも七十五というのはweeklyだけを数えあげた場合の数字で、キノコさんがあたかも一〇〇日回峰行を目指す河原へ石を積んでは崩しているdailyを含めるならば、ここへ公開されたノートは有料・無料を含めてすでに五四〇本を超えている。ただしこれだけ書いても一〇〇日連続で更新されたことはいまだかつてない、とnoteが言っているのでキノコさんがずっとこれにチャレンジしているというわけだ。
ふつうこんなものは書いている方が偉いに決まっているが、この量の記事を本当に読んでいるひとがいるとするならば、これはさすがに読む方を称えなければならない分量だと素直に感じている。さりとて読まずとも定期購読を続けている敬虔な読者の福音が陰ることはいささかもない。

いわゆるコロナ禍によって吹き飛んでしまった「ビブリオテーク・ド・キノコ叢書 vol.1」の刊行も、タイトルと装丁案がかたまったところでがっちりとスタックしている。
「デザイナーとの打ち合わせ」と称して青山のワインバーでしっぽりと飲んだあの夜(ただしゲストのデザイナーは酒を受け付けなかった)がいまはただただ懐かしい。他には誰もいない店に我々の声だけが響き、それが気になって少し声を落としていたりしたのは、あれからみなが経験した静かな春がすでにすぐそこへと忍び寄っていたからに他ならない。
そしてそれから僕たちは、満開の桜の木の下に人影の絶えた児童公園に、一日中シャッターを下ろした駅前の商店街に、東京と大阪のあいだを飛ばなくなった旅客機に、そのあまりにも静かな空に、昔から何度も何度も繰り返し見てきた、あの「未来」の姿を重ねたんだ。
しかしそれでも僕たちは、まだそれに続くものをいまだにほとんど予見すらできておらず、いまもまだその影に身をすくめるばかりだ。

この春に、最後に残ったコンサルティング契約が解除になってしまった。
言い訳をすればキリがないが、つまりは僕にはそれ以上、お役に立てようがないということだ。
これをもってこの夏に、経理部長が相談にきた。
「ちょうど売上の減少が規定を満たしますので、持続化給付金の申請ができますが、どうしましょうか」という。
そのとき僕はまだ、三月二十三日に底を打った資産の消滅からつづくレコンキスタのはるか途上で、二月の終わりにはじまった慢性的な胃痛はようやく収まったばかりであった。
最終的な判断は少し待ってほしいが、用意だけは進めてもらいたいと、僕はこたえた。経理部長が二度も聞き直さなければならなかったのは、僕の口調にこっぴどくやりこめられた敗者特有の曖昧さがあったからだ。

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