2023年・今年の10冊
毎年ひとりで開催している「自分が今年読んだ本の中から10冊を選んで振り返る」企画です。今年読んだ本から選ばれるので今年出た本とは限りませんし、10冊になるとも限りません。
本年の結果は以下の通りです。分冊が多いので実際よりも多く感じるかもしれません。それはそれとして11冊あります。
バルザック『ラブイユーズ』(光文社古典新訳文庫)
やっぱりバルザック先生はすごい。ナポレオン信奉者からのならず者というルート、日本で言うと明治維新乗り遅れの悲哀みたいなものもないではないかもしれないが、それはそれとしてとんでもないクズvs.田舎の不良少年。パリの人間模様も楽しめます。
ルイザ・メイ・オルコット『仮面の陰に あるいは女の力』(幻戯書房)
暴力のないピカレスクロマンだった。最終的に主人公が目的を達成する爽快感がある。倫理的にアウトなのでは?という意見もありましょうが読者は何も被害を受けていないし、何よりこれは19世紀アメリカのお話なので痛快だし社会問題に切り込んだとも読める。作者が楽しんで書いたというのが最高。
『「その他の外国文学」の翻訳者』(白水社)
以前からなじみのある翻訳者が何人もいたので加点、知らなかった言語の翻訳者が何人もいたので加点、計五億点です。外国語を知る→学ぶ→翻訳する、それぞれの段階がもうドラマなんですよ。人によって全然ちがうので。白水社さんが出してくれたのもまた説得力があって素敵。
イーヴリン・ウォー《誉れの剣》三部作(白水社)
「おれの秘蔵の携帯用便器を勝手に使ってるやつがいる!」の第一部から、色々あって第三部の終盤に至る流れは確かに第二次世界大戦のひとつの顔だった。『ぼくたちの好きな戦争』『内地へよろしく』と同じ棚に置きたい。主人公は英国人なので戦勝国側の人間になるし戦後まで生き延びるけどあいつが勝者だとは誰も思わないんじゃないか。まず本人は思わないんじゃないか。
ステファノ・マッシーニ『リーマン・トリロジー』(早川書房)
体験する読書だったのであらすじをまとめると「一族の話です」で終わってしまうんですけど、じっさい一族とアメリカと世界の話です。散文詩みたいな文体なので文字数は見た目より少ないはずです。(文字数が少なかったら楽という話ではないです)共感できるかって話になると全くできないけどエネルギーがすごい。結末を知っていても。
ペ・ミョンフン『タワー』(河出書房新社)
めちゃくちゃで笑うんだけどもリアルでしんどくもあり、ちゃんとユーモアのあるSFで良かった。なんと感動もする。こんなので感動するのか?と思うけどしました。最後まで最初からの調子なのに感動する。それはそうとこの小説、犬が死なないどころか大変な好待遇なんですけど、それで犬が楽しいかどうかはちょっとわかんないですね。
ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿〔全3巻〕』(岩波文庫)
ついに完走しちゃった。200年待たれていた上に完全版発見があまりにもドラマチックで、もう日本語版が出ただけで記念の賞を作るべき作品ですよ。本編もとんでもないところへ連れていかれてしまった。あんな終わらない入れ子構造が本当にちゃんと収まるなんて。当時の世界では最先端の話題に触れた歴史小説でもあったのでは?
マット・ラフ『ラヴクラフト・カントリー』(創元推理文庫)
今すぐ日本中のHPLファンの皆さんの脳を取り出して本書の内容を注ぎ込んで差しあげたいくらい面白かった。たぶん脳だけ取り出されて宇宙のどこかに永久保存されたい人、日本のHPLファンにはたくさんいると思うので。これがアメリカで書かれた小説に対するアメリカの回答のひとつですよ。
ローラン・ビネ『文明交錯』(東京創元社)
歴史小説だった。嘘なんですけど。作者(ローラン・ビネのことではない)はあの世界における司馬遷やギボンだと思う。笑いがあり、糞みたいな展開があり、いいことも悪いこともあってこれは間違いなくひとつの可能性です。そんなにハッピーになるわけではないけどそれはこの世界も同じだし。
『蒸気駆動の男 朝鮮王朝スチームパンク年代記』(早川書房)
ご覧の通り今年は通常ルートでも改変ルートでも歴史小説が大豊作でした。これは時代劇で見かけた名前がいくつも出てくるので、歴史小説よりは時代小説の趣もあるSF。巻末の年表が医院ですよ。ただの歴史的事実であるがゆえにさらに味わい深い。読んでないけど知ってる。
ハリー・ムリシュ『襲撃』(河出書房新社)
最後に来た今年一番まだ読んでない人に読んでいただきたい本。いつものことですが笑いがあるのが好き。こんなにつらい話だが、過去が自分を逃がしてくれない話だがちゃんとユーモアがある。真実はいつも探してもいないのに向こうからやってくるし、いつもこんなにたくさんあるのだ。
【消えた天才賞】
J・D・サリンジャー「逆さまの森」(『彼女の思い出/逆さまの森』(新潮社)所収)
あんなにどんな顔をしていいかわからなくなった話はない。他の人や作者の解釈だの意味だのどうでもよろしい。
【たいへんよく人類滅亡しました賞】
劉慈欣「月の光」(『円 劉慈欣短篇集』(ハヤカワ文庫SF)所収)
実はこの作品ではまだ人類は滅亡していないのだが、他の作品でこれは無事滅亡するだろうなという期待を高めてくれたので代表として贈らせていただきます。
【このニシダ姫がすごい!2023】
ジョージ・W・M・レノルズ『人狼ヴァグナー』(国書刊行会)
すごかったんですよね。とにかく。
【補足】
Q.10冊じゃなくないですか?
A.この場合の10は「いっぱい」という意味なので問題はありません。
日本では8は多数を意味する数だとボルヘスも『幻獣辞典』の八岐大蛇の項目で書いています。これは今年も面白い本をいっぱい読んだぞという儀式なので実際に10冊であるかどうかは問題ではありません。