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もはや古典〜宮本輝「優駿」を読んで

「必読」の一語に尽きる

昭和57年から足掛け5年連載され、昭和61年に刊行。その後映画化もされてますね。これまた少し古い本を取り上げてしまいますが、競馬ファンにとっては必読の小説、もはや古典とも言えるでしょうか

競馬に携わる利害関係者が満遍なく登場し、それぞれどのように競馬に関わっているかが平易な文章で描かれているので、競馬のことを知らない人でも読んでいるうちに自然と競馬についての理解が深まると思います。


登場人物は・・

こんな人たち・馬たちが登場します。

【生産者】渡海博正(トカイファーム2代目)、吉永達也(吉永ファーム代表)
【馬主】和具平八郎(関西の中堅企業の社長)、久美子(平八郎の娘)
【調教師】砂田重兵衛(ベテラン調教師)、増矢武志(和具の預託先調教師)
【騎手】奈良五郎(オラシオン主戦騎手)、増矢光秀(若手ホープ)
【馬】オラシオン(トカイファーム期待の男馬)、ハナカゲ(オラシオンの母)、セントホウヤ(オラシオンのライバルで鞍上は増矢光秀)

主人公は馬主の和具平八郎と言っていいと思いますが、トカイファームの2代目の渡海博正や和具の娘の久美子、騎手の奈良五郎にフォーカスをあてた場面も多く、いろんな視点からどういう人間がどのように競馬に携わっているのかが描かれています。

上記以外にも、平八郎の隠し子で腎臓を患っている誠、平八郎の部下でオラシオンの名付け親である多田なども物語において重要な人物です。
ちなみに、生産者の「吉永達也」のモデルは社台グループの総帥・吉田善哉だそうです。この吉永総帥が、零細牧場のトカイファームの牝馬にセントエストレラというノーザンテーストをモデルとした名種牡馬の種付けを許可する挿話がすごい好きです。


熱い時代

この頃は、競馬人気が年々高まっていた頃で、JRAの売り上げベースで見ても、それは分かります。昭和50年で約9,000億円、それが昭和60年には約1.6兆円まで伸びており、昭和63年に2兆円を突破、それからわずか2年後の平成2年に3兆円を突破。ひとつのエンターテインメント産業がこれだけのスピードで成長する例というのは中々ないことなのではと思います。

武豊騎手のデビューが昭和62年。かのオグリキャップが地方から中央に移籍して快進撃を見せたのが昭和63年(引退が平成2年)。アイドルジョッキーとアイドルホースの登場で空前の競馬ブームがおとずれたのがこの頃

この小説は、昭和62年から平成にかけてのこの競馬ブームの少し前に書かれているわけですが、ブームを巻き起こした一因にもなったのではないかと思います。映画化もフジテレビの開局30周年ということで大掛かりなプロモーションが打たれ、映画を通じて競馬というものを知った人も多かったのではないかと思います。

当時自分はまだ競馬にハマっておらず、映画化された優駿も見ていませんが、ただ、とんねるずが優駿をパロディにしていたのは覚えています。当時とんねるずの番組はかなり高視聴率だったので、あのパロディで競馬というものの一端に触れた人もかなりの数いたのでは、と思います。


いちばん好きなシーン

ひとつだけ挙げるのも難しいのですが、和具平八郎が京都競馬場で会社の命運をかけ二百万円一点勝負に出る場面があります。

そのレースは頭数は少なくわずか六頭立て。ゲートが開いて馬が走り出したとき、平八郎は激しい心臓の鼓動を感じ、自分は死ぬのではないか、と恐怖します。
自分はそんな勝負を競馬でしたことはないですが、何回か分不相応と思える額を賭けたことはあり、そんな時は心臓はばくばく。死ぬほどの激しい鼓動、ではなかったですが、、

平八郎の勝負は、選んだ二頭のうち一頭はゴール前悠々と抜け出したものの、二着はと後方に目を向けると違う馬が・・。「負けた」と思った次の瞬間、選んでいたもう一頭の馬が内ラチすれすれに伸びてきて競り合いとなり、何とか二着にすべり込み、平八郎と会社は命を拾った・・。

彼は七百二十万円の札束を服のポケットというポケットに詰め込んで、あたかも地獄の只中から逃げだすような心持で競馬場から出て行った。


ラストも見事

ラストシーンはオラシオンのダービー当日。

特にすごいと思ったのがレースそのものとレース結果を読者に伝える描写。

こんな書き方をされてしまうと、競馬をモチーフにした小説としてはこれを超えるのはかなり難しいんじゃないか、と思ってしまいました。(どんな感じかはあえて割愛。読んでいない方は、ぜひ読んで欲しいです!)。

・・しかし、こうして記事にしてみると、結局自分が好きなのは競馬の”レース”の部分であることがわかりました。なんというか、登場人物たちの想い、願い、祈り(※オラシオンはスペイン語で「祈り」の意味)がひとつのレースに結実する、そこにカタルシスがあるのかと思いました。

そういえば、上の方で登場人物を立場ごとに整理しましたが、もうひとつ欠かせない人たち、「競馬ファン」を忘れていました。

ダービー当日、平八郎の秘書で、オラシオンの名付け親でもある多田は、ひとりの競馬ファンとして群衆の中でオラシオンの勇姿に視線を送ります。そしてレース後、競馬場からの帰路にある群衆(競馬ファン)に多田が包まれるシーンで小説が終わるのも見事だなあと思います。


(2021年11月30日追記)

宮本輝さんが、「優駿」創作のきっかけや取材の過程について語っているインタビューがありました。この小説のために馬主になった話や、ラストシーンをどうするか決めず最後の最後までどうするか決めかねていた話、興味深いインタビューでしたので、URLを追記いたします。(小説をまだ読んでいない方は、読んだ後に読む方がいいかもしれません。小説のラストなど語られていますので。)

https://library.otemon.ac.jp/teru/exhibition_list/pdf/item_yuushun_2.pdf

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