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スタンドのこちら側〜山口瞳・赤木駿介「日本競馬論序説」を読んで。
競馬についてのきちんとした本。
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決して新しい本ではないですが、内容は今にも通用するものがあると思います。単行本としては1986年発行、その後1991年に文庫版が発行。
文庫版の方の解説を作家の岩川隆氏が書いており、この本が出版された背景が説明されています。
少し引用すると、、
「山口さんがこのような書物を出す気持ちになったのは、このところ世に『競馬必勝法』だとか『競馬は儲かる』といったようなインチキ本が氾濫し、・・・(中略)・・・競馬場通いをつづけてきた人間としては眼にあまる思いに駈られ、肚に据えかねてきたためであるという。」
「競馬についてのきちんとした本を出したいという気持が僕にはあるんです。なぜと言えば、僕、競馬みたいに面白いものがつぶれたら困るんですよ(笑)」
競馬は儲からない。
と、山口瞳氏は断言する。
だから、そんな儲からないという競馬の本質を隠して、競馬って面白そうだな(儲かるのかな?)と漠然とした思いで競馬を少し始めてみた初心者を誘惑するような指南書に腹が立つ、という事だろうか。
競馬は儲からないもの。
にも関わらず、甘い誘惑につられ過度の期待をし、馬券に手を出した初心者はわりと早々に儲からないことに気づく。そして、本来熱心な競馬ファンになる資質があったかもしれないのに競馬に幻滅し、離れていってしまう・・。
そんなケースが積み重なれば、競馬人口は尻すぼりとなり、やがて活気を失い規模が縮小し、自分の楽しみが失われてしまう、と、山口氏は大体そんなことを怒っているのだろう。(いたのだろう)。
競馬は儲からない、に激しく同感(笑)。
前記事で書いたとおり、自分は収支を記録しているので、少なくとも直近15年ぐらいは一度もプラスになったことがありません(悲)。
収支を記録する前、仕事の都合で競馬を一時中断せざるを得なかった2002年。
この年だけはたぶんプラス。
なぜかというと、ほとんど馬券を買えなかった一年だったんですが、有馬記念だけは買うことができ、13番人気のタップダンスシチーを軸にしたところ2着に粘りこんでくれ大勝利。そのまま、この年はプラス。何というか、道中死んだふりで最後の直線だけ目の覚めるような末脚で勝利をかっさらったような。
・・話が逸れました。普通に毎週のように馬券を買って回収率100%超えというのは相当厳しいと身をもって知っており、競馬は儲からない、というのは目を逸らしてはいけない真理でしょう、たぶん。
きちんとした馬券戦術。
寡聞にして赤木駿介氏を存じ上げず、この本で初めて知りました。
赤木氏は、作家であり、競馬評論家。
1960年代から70年代にかけ、フジテレビの競馬中継で解説者も務めていた方だそうです。
この赤木氏には、かのシンボリルドルフが勝った1984年の日本ダービーで、2着の超人気薄(21頭立ての20番人気、単勝100倍超え・・!)スズマッハ単複で勝負したという驚きのエピソードがあり、本の中でその根拠、及び氏の競馬スタイルが詳細に語られます。
一部氏の言葉を引用すると、、
「パドックの馬をナマで自分の目で見る。これしかありません。三十年競馬をやっていて、やっとわかったんです。」
「大事なことは、(パドックで)パッと見た感じなんです。何か訴えてくるものがあるでしょう。」
「どこがどうだっていうことは言えないんですよ。勘なんですよ。勘ということは大事です。何万頭という馬を見ていれば自然にわかってくるとしか言いようがないんです。だから私は馬体重なんか気にしないんです。」
「ジョッキーが馬に乗る瞬間というのも大事なんです。」
「馬が本馬場へ足を踏み入れる瞬間の感じというのも、よく見ておきたい。」
などなど。
そして赤木氏が行き着いた馬券戦略が、
①単複勝負
②投資金額は1レース1000円
③当たったら次のレースに転がす、いわゆるコロガシ戦略(外れたらもう一度1000円からスタート)
というもの。
なぜこの戦略を取るかというと、
「こうすれば、仮に十二レース全部買ったとして、それが全部不適中であったとしても、一万二千円の損ですみますからね。そのくらいは仕方がないんじゃないですか。遊びなんですから。」
という考え方。これに対し、山口瞳も「そういう馬券戦術は健康にもいいんじゃないかと僕は思った。」と書く。
単勝は「勝負」、複勝は「投資」、連複は「ギャンブル」。
これも赤木氏の言葉。
解釈としてはおそらく、連複はギャンブル、というところは、単複に比べると賭博性が高過ぎる、宝くじを買っているようなものですよ、ということなのではないだろうか。
自分できちんと予想し、パドック・本馬場入場・返し馬まで見て勝ち馬を見極める。これで負けたらしょうがない、というところまで納得した上で馬券を買う。・・というところまでやっていると1頭の勝負するに値する馬を見つけるのが精一杯で、とてもその相手の取捨までは間に合わない、ということなのかな、と思う。
(赤木氏は、「連複を重視しちゃうと判断が曇って中心が掴めない」と言っている。)
とは言え、買い方は百人百様。
だと思っています。
本の中で、山口瞳も赤木氏を見習ってパドック党になりますが、これは多分に競馬は競馬場の中を歩き回るので健康にいい、として競馬健康法なるものを提唱する山口氏自身の考え方にも馴染むものであり、それゆえパドックをより重視するようになったということかと思います。
山口氏は、赤木氏の競馬スタイル・戦術を評して、「専門家が自分の仕事に夢中になっている姿は、傍から見ていて気持のいいものだ。」と言っている。
戦術そのものよりも、三十年を経てなお競馬評論・予想の仕事に夢中になっているその姿に感服しているのだろう。
買い方そのものよりも、競馬ときちんと向き合う事、自分が納得できる予想スタイルを身につける事を追求する、そして何よりそれを楽しむ事、これが競馬を長く楽しむためには欠かせないのだろう、と、そんな事を思いました。
自分も、潔い単複勝負のスタイルを身につけたいと思っていますが、まだまだ馬連や三連単の誘惑を振り切ることは出来そうにありません。ただ、納得できる馬券を買おうとすると、確かに単複が一番いいのかもしれない、と思う今日この頃。
スタンドのこちら側。
最後に、再び解説からの引用となりますが、
「山口瞳さんと赤木駿介さんは、カンナンシンク、喜びも悲しみも幾年月、ひたすらスタンドのこちら側にあって競馬と馬券をたのしみ、ついに道を究めて達人の域におよび、いまや仙人と呼んでもいいような感じがある。語っている内容はそのままおもしろく、しかも、奥が深い。」
こちら側、というのは、菊池寛の書『競馬読本』との対比で、菊池寛は馬主ということもあり一競馬ファンの領域からターフの向こう側にまで足を伸ばしているところがあるが、この本はあくまで一ファンとして競馬と馬券を楽しんでいる、という意味のようで、その道を究めて仙人の域に達した、と。仙人たちの対話を読み、数十年後輩の競馬ファンとして勉強させて頂きました。
<おまけ>
この本、古本たくさん流通しているようで、安いです(笑)。