安田富男「泥棒ジョッキー・競馬に勝つ!」を読んだ。
思わずタイトル買いしてしまった。
「泥棒ジョッキー・安田富男の競馬に勝つ! ーバカ面白くって役に立つ方法」をネットで購入。
1991年発行の本。またしても90年代の本を買ってしまった。しかし、この頃の競馬本はなんか心引かれるものがある。
”泥棒ジョッキー”って本人はどう思っているのかと思ってしまうけど、自著の本のタイトルに使うぐらいだし、この本を読んでも、自分の個性として認めているようだ。
あとこの本、口述筆記ではないかと思うほど、全編通じて語り口調で、富男の声が聞こえるよう。(だいぶ年上ですが、親しみをこめて敬称略させていただきます)。
安田富男と言えば・・・
引退後は中央競馬の調教師とはならなかったので、今の競馬ファンには馴染みはないかもしれない。
あの伝説のTTGの一頭・グリーングラスの菊花賞の騎手、と言えば伝わるだろうか。(自分もリアルタイムで見ているわけではないけど)。
自分にとって安田富男と言えば、ノーブルグラスとシルクライトニング。
ノーブルグラスは中央競馬全10場重賞制覇時の馬。富男はテン乗りで見事な勝利。
シルクライトニングは97年の皐月賞2着後、勇躍臨んだダービーで発走直前に故障のため競争除外。この時の様子はyoutubeで見られるけど、馬から下り、鞍を外して馬場に佇む富男の姿がなんとも切ない。。(個人的にも馬券を買っていたのでがっかりしたのをよく覚えている。)
リーディング上位を賑わす騎手ではなかったけど、毎年30勝前後は勝って、時にはジャイアントキリングをかます、存在感のある騎手だった。
今の騎手で言うなら、江田照男が似ているだろうか。リーディング上位にはいないし、重賞の常連というわけでもないんだけど、知る人ぞ知る、馬柱に名前があるとなんか気になる騎手。
奇しくも、この本の中で著者は「これから田中勝や江田照にがんばって欲しいね。」と言っている。(いちばん可愛がっていたのは弟弟子の中舘英二だったようだが、中舘はすでに引退してしまった。)
90年代以前の雰囲気が伝わってくる。
本の中身だが、いちジョッキーの視点で捉えた昔の競馬の雰囲気が伝わってくる内容になっている。
安田富男は1947年生まれで、デビューは1968年。
なので、騎手になる前のエピソードも一部あるが、主には70年代〜90年代のエピソードが多い。
”サクラ”の小島太とは競馬学校で同期。(デビューは免許を取得するのが遅れて二年遅れとなってしまったらしい。)
本の中で、小島太に対する同期ならではのライバル心も語られている。
他にも、レジェンドたち(野平祐二、加賀武見、増沢末夫、郷原洋行、福永洋一、岡部幸雄、柴田政人など)の名前がばんばん出てきて読んでいて楽しい。
また、ちょうど武豊が台頭してきた時期の本なので、よく名前が出てくる。そして、「あいつはすごい。」とかなり褒めている。「すごい。」の中には、「あんなに稼いでいるのにしっかりしていて真面目。女で遊ばない。」という意味も含まれているようだが、、
ただ、もっとも評価しているのは福永洋一のようで、”レースの流れを変えられる天才”と述べている。
誰のこんなところがすごい、という話が率直に語れており興味深かった。
印象に残ったエピソード(創設まもない頃のジャパンカップ)
当時の関東と関西の違いや、岡部幸雄とアメリカで馬券を買って遊んだ話、乗り替わりの裏話、ローカル開催の一月で400万使ったとか、騎手としてどう個性をアピールするかなど、騎手ならではの面白いエピソードが盛り沢山だが、中でも、当時第10回まで開催していたジャパンカップについての話が面白かった。
著者の感覚では、ジャパンカップは「超一流のレース」にしていかなくてはならないレースだった。
当時、ジャパンカップに乗りに来てくれる騎手は、本国でシビアな生存競争を勝ち抜いてきた騎手ばかり。しかし彼らは、ジャパンカップでは紳士のようにふるまい帰国してしまう。まだまだ、本気の技術を見せていない、つまり、「彼らにとってはジャパンカップなんてどうでもいいのかな。」と感じるのだという。
確かに、第10回までと言うと、日本馬が勝ったのは1984年第四回のカツラギエースと翌85年第五回のシンボリルドルフだけ。日本の競馬のレベルはまだ低く、海外の騎手にとって「本気を見せる」舞台ではなかったのかもしれない。
84年・85年以外の年は、毎年勝ち馬の所属国が目まぐるしく変わり、最近の日本馬が勝ち続けているジャパンカップとはだいぶ様相も異なっていた。
以下、去年までの全40回のジャパンカップの10年ごとの日本馬勝利回数を調べてみた。
明らかに、日本馬が勝つ割合が高くなっているが、競馬ファンなら知っていると思うが、近年は海外から実力馬の参戦がほとんどなくなってしまい、ジャパンカップの存在意義がかなり疑わしいものになっている、、
もちろん、日本馬が全体的にレベルアップして海外の馬にとって以前とは違い勝ちにくいレースになっているとは思うが、それにしても、近年のジャパンカップを見ると、勝ちにくいレースを敬遠されているという以上に、ジャパンカップというレース自体の魅力がアピールできていない状態なのは間違いないと思える。
とても、安田富男が頭に描いていた、”海外の一流ジョッキーが海外の実力馬とともに惜しみなくその技術を披露する場”になっていないことはとても残念。
理想はやはり、日本育ちの人馬と海外の人馬のガチンコ勝負・・だけど、なかなか思うままにはならないのが現実でもある。
ただ、今から30年前、騎手がどういう気持ちでジャパンカップに乗っていたか知ることができたのは、この本を読んでよかったことのひとつ。
渋いベテラン騎手の本が読みたくなった・・
この本を読んで、ふと、江田照男や田中勝春あたり、関東の渋い騎手が今の競馬をどう思っているのかについて書いた本を読みたくなった。
ただ、競馬界・出版界とも勢いのあった90年代とは違うし、買うのは自分みたいなもの好きだけだろうから難しいだろうけど・・。
もし江田照男が本を書くなら、タイトルは2012年の日経賞で大穴を開けたコンビであるネコパンチの名前をもじって、「エダパンチ!」とかどうだろうか。