
山本一生「競馬学への招待」を読んだ。
競馬の「謎」について自由に考察した本
近代史研究家、競馬史研究家の山本一生氏が様々な競馬の「謎」について考察した本。1995年発行。

奇妙な落馬事故

この写真。
写真大喜利「写真でひとこと」で使われそうな不思議な写真。
これは、イギリスの名物障害競走”グランドナショナル”で起きたミステリアスな落馬事故の写真である。(イギリスのガーディアン誌のHPから引用。)
全ての障害の飛越を終え先頭、あとはゴールに向かってわずかな距離を走るだけだったデヴォンロック号。突然なにを思ったのか、”ぺたん”とおなかを地面につけるかたちで座ってしまい、そのまま立ち上がらず競争中止となってしまったそう。
原因は、騎乗していたディック・フランシスによれば、「スタンドの歓声に驚いた」そうだが、本当のところは馬に聞いてみないとわからない。
この本では、このような、古今東西いろんな競馬の「謎」を取り上げ、自由で柔軟な考察を加えている。
岡部幸雄の能面のような表情
ダービージョッキーの栄光と悲惨について考察した章があり、その中で紹介されるエピソードが興味深い。
1978年に放映された「ルポルタージュ にっぽん・ダービーの日」の再放送を筆者が見て、その中で当時30歳ぐらいの若い岡部幸雄が、「500勝達成記念パーティー」で同期の伊藤正徳にお祝いの言葉をかけられるシーン。少し引用する。
マイクの前に立った伊藤正徳は、ラッキールーラでダービーに優勝したことを匂わせながら、こう挨拶する。
「僕は技術にしても何にしても岡部君には負けますけど、ひとつだけ勝てるものがあります。僕はダービーに勝っているけど、岡部君はまだダービーを勝っていない」
そのとき、笑みを浮かべて聞いていた岡部の表情が一変するのをカメラは見逃さなかった。憮然としたとか、不愉快なとか、ではなく、全くの無表情で、いうなれば、気持ちのなかで水銀のようにドロッと流れ出したものを、悟られないようにするための無表情だった。
筆者の考察では、一流ではないジョッキーでも、ダービーに優勝することにより別の次元に昇華する。それは、一流ジョッキー(この場合の岡部幸雄)でも、認めざるを得ない。この時の岡部幸雄の無表情は、そのことを物語っているのではないか、と。
私もこの映像をyoutubeで見たが、この文章を読む前だった。しかし、そういえば確かに、岡部幸雄の能面のような表情が印象に残っていた。このような晴れがましい席で、たとえ痛いところをつかれたとしても、こんな表情になるだろうか?と不思議に思った。
不自然な無表情を装わないことにはやり過ごせないぐらい動揺があったのだろう。ダービーを勝つか勝たないか、というのは、そのぐらい騎手にとって特別なことなのだろう。
そう考えると、確かにダービーに勝って涙ぐむ騎手は多いが、天皇賞や有馬記念を勝って涙を見せる騎手というのは少ないように思う。
筆者はこう書いている。
騎手であることと、ダービーに出走経験のある騎手になることでは、受けたインパクトはまるで違うだろうし、さらにダービーに出走することと、ダービーの優勝ジョッキーになることでは決定的に違っていて、「全く別の次元を体験するに等しい」のである。
言うまでもなく、ダービージョッキーの称号を得られる騎手は一握りである。
つまり、”別の次元を体験する”ことを、多くの騎手が果たせず引退していくのである。最近引退した日本の騎手で言えば、2000勝以上を挙げ、アパパネやマンハッタンカフェ、イスラボニータやディーマジェスティなどとのコンビでクラシックレースに勝利した蛯名正義にとって、”ダービー勝利の体験”は、謎のままに終わってしまった。
蛯名正義は調教師となったが、将来日本ダービーに仮に勝ったとしても、騎手として味わう勝利とは別物なのだと思う。
ダービージョッキーを襲った奇妙な悲劇
本書では、海外のダービージョッキーを襲う奇妙な悲劇についていくつかのエピソードが紹介されている。
19世紀後半にイギリスで活躍した、フレッド・アーチャーというジョッキー。彼は、なんと13歳で平地のレースに勝ち、17歳で初めてチャンピオン・ジョッキーとなる。20歳で初めてダービーに勝利し、以後13年連続でチャンピオン・ジョッキーとなり、ダービーには5回勝利した。しかし、29歳で拳銃自殺を遂げており、その理由は様々に推測されているが、本当の原因は分かっていないという。
他にも、脱税で実刑判決を受け一年間刑務所に入ったレスター・ピゴットや、落馬事故により車椅子生活を余儀なくされてしまったロン・ターコット、妻がピストル自殺をしてしまったラフィット・ピンカイ・ジュニア、交通事故に遭い首から下の感覚が麻痺してしまったウィリー・シューメーカーなどの悲劇が紹介されている。
しかし、これだけの不幸な事件を並べ立てられると、果たしてダービーに勝つことは幸せなことなのか、という気すらしてくる、、
それはそれとして、彼らが騎乗していた馬が伝説的な名馬ばかりで読んでいると目が眩む。
ピゴットはニジンスキーやロベルトに騎乗しており、ターコットはセクレタリアトの騎手。そういう名前がたくさん出てくるのも本書の面白みのひとつ。
ライバルの名勝負物語
現役時代に好勝負を演じたライバル物語が、その後の成績や余生において明暗が分かれることが多いという「謎」についても、いくつかのライバルストーリーとともに語られており興味深く読んだ。
海外のケースでは、アファームドvsアリダー、ミルリーフvsブリガディアジェラールの物語が紹介されているが、日本のファンにとって馴染み深いのはハイセイコーvsタケホープや、トウショウボーイvsテンポイントの物語。
特に、トウショウボーイvsテンポイントの物語は、自分もいろんな本で読み、VTRも見た。クラシック路線での対決もいいが、やはり圧巻なのは3歳時の有馬記念でトウショウボーイが勝ち、4歳時の有馬記念ではテンポイントが逆転して見せたドラマチックなストーリーであるが、その後の明暗もまた、できすぎのような話で、もしフィクションであれば、「そんな漫画みたいな話・・」とかえって呆れてしまうかもしれない。
トウショウボーイは種牡馬として大成功し、三冠馬ミスターシービーの父となった。一方、テンポイントは海外遠征の壮行レースで故障し競争中止、懸命な治療も実らずこの世を去った。
競馬ミステリーの最大のライバルは「競馬」
本書で、凡庸なあまたの競馬ミステリー小説は、本物の競馬に到底かなわない、と語られている。
競馬では、ひとつのレースが一編のミステリーとなる。犯人とは、そのレースの勝馬であり、容疑者はそのレースの全出走馬で、推理の手がかりとなるのが、それぞれの馬の血統であり、競争成績である。競馬新聞とはすなわち、手がかりの多くが記載された情報誌であって、それはミステリーにおいては事件の概要が明らかとなる前半部分にあたっており、「熟読」するのも当たり前だろう。競馬ファンは競馬新聞を「熟読する」。
競馬ファンは競馬新聞を「熟読する」。
こう書かれてみれば、たしかにそうだ。私も普段は発揮しないようなとてつもない集中力で「熟読している」と思う。
その真剣な様は、どうも、はたから見ると滑稽ですらあるようで、妻に冷やかされたこともある。あまり携帯で写真を撮ったりしない妻が、何度かこっそり、私が新聞や、パソコンで馬柱や競馬の映像に見入っている姿を写真で撮っていたこともある。(本人は、取られるまで気づかない)。
私の長年の競馬友達は、いつだか「競馬をやっているときは競馬のことだけ考えていればいい。それがいい。それがストレス解消になってる。」というようなことを言っていた。
競馬新聞を読み込み、各馬の過去のレースの映像を確認したり、当日の馬体重や気配をチェックし、脳に汗をかくような思いで予想を立て、予算と相談し買い目を決める。
ここまでやって、さてレース。
自分が買った馬の行きっぷりは悪くない。道中の折り合いも良さそうだ。勝負どころ、大きな不利もなく逃げる馬を射程に捉えている。
騎手が満を持して追い出す。余裕たっぷりの手応えに見える。
いいぞいいぞ、馬場の中央を抜け出してきた。逃げ馬はうしろの馬群に吸い込まれていく。うしろからやってくる馬で目立つ脚色の馬もいなそうだ。
ゴールまであと50m、40、30・・・と、その瞬間。
馬が”ぺたん”と座り込んでしまった。
・・まだそんなことは経験したことがないが、そんなミステリアスなことが起きるのが競馬なのである。
もし自分が買っていた馬が最後の直線でぺたんと座り込んでしまったら、その瞬間は笑えないが、残りの人生で話のタネにはなるのだから、意外と収支としては悪くないのかもしれない。
・・ともかく、この本、知らなかったエピソードや競馬本を知ることができて、たしかに「競馬学」入門本としておすすめ。