僕がペーパーバックを読み始めたわけ③
ティプトリーのペーパーバックだと思った本が、表紙だけで中身がセクシーなヴァンパイア小説だった! 日本の書籍では話にも聞いたことのない体験におどろきうろたえたが、返品することはすぐに思いついた。しかし、それをためらわせるいくつかの理由が心のなかにわだかまっていたのである。
ひとつは、この「奇書」を自分がもっていたいという所有欲だ。もうひとつは、セクシーな小説の続きを小学生が床屋の漫画を読むみたいに読みたい気持ちだった。さらにもうひとつは、本を読む直前になぜかウキウキとレシートやシールを破棄しており果たして返品できるかという不安だった。
しかし、そんな理由はぜんぶいまの私のティプトリー愛への試練に思えた。私は次の日すぐに本屋に行って交換してもらうことを必死に訴えた。現物と販売履歴があるということで返品は認められる。新しい本は出版社から取り寄せになるということで、およそ1か月はかかると言われた。
私はとつぜん長期休暇をあたえられた気分になった(実際はあくせく仕事をしていた)。この休みをなにか有意義に過ごす手段はないかと頭をめぐらせた(てな感じでそのとき日々の仕事から逃避した)。そして、旅行の準備をするワクワクさで「英語の小説を読む練習」をしようと思ったのである。
こんな風に、軽い楽しい気持ちで読みはじめたのがニコルソン・ベイカーの『アンソロジスト』である。ブックオフで「『中二階』の」と手に取った。本に対する前知識はゼロで読みはじめた。結論からいうと、これがもんのすごく面白かったのである(内容紹介は以下に書いたので省略します)。
☛これです!
しかし、素敵な本との出会いも「出版社に問い合わせたところ取り寄せ不可でした」の書店の連絡が与えた衝撃を和らげてくれなかった。ティプトリーを読む気満々で、奇書さえも手放して、結局のところペーパーバックひとつ得られなかった。いまも私はティプトリーの長編小説を読めてはいない。
ティプトリーの長編小説よ。いつかきっと出会おう。ティプトリーの小説のふりした「奇書」よ。こんなことになるなら君をけっして手放したりはしなかった。さようなら!
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