木内一裕『アウト&アウト』(講談社文庫)の感想
矢能シリーズの第1作。矢能政男はさる事件ののち、栞という小学生の娘の保護者となり、探偵事務所を構えている。しかし、実際は構えているだけで、仕事をろくにしていない。
「俺はまだ修行中の身なんだ」
矢能は言った。もちろん言いわけだった。
「わたしには単にワガママなだけに見えます。もっと我慢を覚えるべきだと思います」
栞は言った。てめえは俺の母親か? ついそんな言葉が出そうになったが矢能はなんとかそれを抑えた。俺ぁこう見えても栞を傷つけないようにそれなりの努力はしているんだ。矢能はそんな自分を不思議に思う。(略)
こんな小さな子が赤の他人のこの俺を一生懸命心配してくれている。矢能にはそう感じられるからだった。
ただ、そんな栞にどう応えればいいかがわからないだけだ。(p16-17)
こんなとき矢能の前職であるところの組員のツテで依頼がある。引き受けると決めたのではないのだが、電話の男のいる場所に向かう。すると早速「アウト」がはじまる。(仕事はないが)平穏だった生活は崩れるのだ。
勢いよくドアを開けて踏み込んだ矢能の足は二歩で止まった。すぐ目の前に死体が転がっていた。確かめてみるまでもなく、一目で死んでいることがわかった。(略)
突然、背後から腰のあたりを蹴飛ばされた。前方に倒れ込む。
死体に覆い被さるように矢能は床に這った。(p29)
殺人に出くわし、しかも殺人犯がいて、そいつが銃をもっている。矢能は排除すべき目撃者となってしまった。しかも、かりに命が助かるにせよ、死体に触れている。矢能は逮捕したくてたまらない警察官が沢山いる身なのである。
こんな「アウト」な状況をいかに切り抜けるかが物語の主眼ではない。まったく違う。矢能というアウトローにとって、こんな「アウト」が日常のような振る舞いがすごいのだ。さらに、「外法には外法」それが『アウト&アウト』の意味であるように矢能がくり出す反撃が痛快だ。
ノワールが好きな人なら誰にもすすめられる1冊です。そして、矢能の強くて(おもに栞ちゃんにだけ)優しい格好良さにもしびれます。
その男が恐ろしかった。
数馬に後ろから蹴られて死体の上に倒れ込んでも声一つ上げなかった。振り返ってゴムのマスクを被った数馬の姿を見ても、毛布に包まれていない剥き出しの銃口を向けられても表情を変えはしなかった。(略)
殺されたばかりの死体と対面することも、拳銃を向けられることも特別なことだと感じなくなるぐらいに経験を積んだ男の顔に見えた。(p160)