見出し画像

微笑む人

【読書】 微笑む人 / 貫井徳郎 実業之日本社


私は小説を一気に読むということはほぼないのだが、今回は一気に読んでしまったミステリ小説だった。
読み始めはとても不思議な感覚がある。
この作品に関する基礎知識がないと、ノンフィクションのようなフィクションな作りに戸惑いが生まれ、あれっ、これは...?となる。
この作品の特徴はある殺人事件の犯人が最初の段階で捕まっていること。
そして犯人はその罪をちゃんと認めていることから始まる。
それゆえ、犯人は誰なのか?を自分なりに推理想像しながら読むミステリ作品とはちょっと違う。
ただ不可解なのは、その犯人が語る殺害理由が、一般の人だけではなく警察関係者さえ到底納得できる理由ではないからだ。

ほんの少し、あらすじを…
エリート銀行員であった仁藤俊実は、自分の妻と子供を川で溺れたように見せかけて殺害した。
最初は不慮の事故として片付けられようとしていたが、目撃者がいた。
そして仁藤俊実は逮捕されるのだが、取り調べに対して殺害した理由は
『本が増えて部屋が手狭になり、妻と子がいなければもっと本が置けると思って…』だった。
そんなこともあり、この事件は『安治川事件』と名付けられ、マスコミやネットなどで評判となり人々の注目を浴びることなる。
しかし、仁藤俊実は一貫して供述内容を変えることはなかった。

この作品は警察関係者目線で書かれているのではなく、ここに登場する作家がこの事件に興味を持ち、安治川事件を本にするためにいろいろと取材をする過程が描かれている。
その過程の中で、警察さえ知らないであろう犯人の人物像やその関係者たちが浮かび上がってきて、伏線が方々に張られる。
犯人・仁藤俊実に関して、過去に関係のあった人たちはみんな同じことを言う。
『仁藤さんは完璧で素晴らしい人、優しくて思慮深くて偉ぶるところもなく怒った顔なんて見たことないし、みんなに分け隔てなく接することができて、仕事もできるがそれを自慢するところもなく、見た目もカッコよくて、いつも冷静で、頼り甲斐があり、男性にも女性にも人気があった。彼のことを悪く言う人なんて誰ひとりとしていない...』
そして、こうも言う
「あの仁藤さんが妻と子供を殺したなんて、絶対何かの間違い。冤罪だ」と、署名運動まで始まる。
『理解できない犯罪が一番怖い』という言葉が本文に出てくるが、
その元となる、本を置く場所がないから...という理由もさることながら、この関係者たちは「あんな素晴らしい人物が殺人なんて」という事態が理解できないのだ。
取材する作家は仁藤俊実には絶対裏に何かあると信じて取材を続けていくが、最後の最後に難問にぶち当たる。

この作品の人物描写がものすごく詳細に描かれていて、どんな小さな登場人物にも焦点を当てているところが凄いなと思った。
読んでいると、その人の顔まで想像できるくらいの詳細さで今更ながら貫井徳郎さんの凄さを感じた。
私が一気に読めたのは、そういう理由もあったように思う。

テレビのニュースなどで、事件の犯人が捕まって、その犯人の近所に住んでいた人や、元同級生だった人などにインタビューをしている映像を見ることが実際にある。
その時によく聞く言葉が『そんなことするような人には見えませんでした。会うとちゃんと挨拶もしてたしね』という言葉だ。
私はその言葉にいつも違和感を感じていた。
「挨拶をすればいい人に見えるのか?」という違和感だ。
挨拶をすればいい人、ろくに挨拶もしない人は悪い人。
そういう流れが世の中には少なからずある。
人は、自分が接した部分でしか相手を判断できない。その挨拶をするいい人が、部屋で何をしているかは誰もわからないのだ。
その違和感を思う存分感じられる作品だった。

最後はどうなったかはここでは書くことはできないが、最後に意外な登場人物がいて、その人が言う一言…
『最終的に理解できる結末が必ずあるのなんて、フィクションの中だけですよ』
最後の最後、読者はどう思うか…それは賛否両論が渦巻くだろうと思う。
解説にもあるが、一般的なミステリとは違う展開を辿ることになる。
それを楽しめるか、楽しめないか。さて、どっちだろうか。

余談だが、
この作品は数年前にドラマ化をされているらしい(私は見ていないが)
主人公である犯人役を松坂桃李さんがやってらしたとのことで、
あぁなるほどね、ぴったりだなと思った。

微笑む人・貫井徳郎




いいなと思ったら応援しよう!

イトカズ
読んでいただきありがとうございます。 書くこと、読むこと、考えること... これからも精進します。

この記事が参加している募集