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#88 映画感想『怒り』 - 毎日投稿48日目

気分が乗らない時に見る映画ではなかったかもしれません。ただ、凄い映画を見たな、という気持ちになりました。

吉田修一の原作を映画化した「悪人」で国内外で高い評価を得た李相日監督が、再び吉田原作の小説を映画化した群像ミステリードラマ。名実ともに日本を代表する名優・渡辺謙を主演に、森山未來、松山ケンイチ、広瀬すず、綾野剛、宮崎あおい、妻夫木聡と日本映画界トップクラスの俳優たちが共演。犯人未逮捕の殺人事件から1年後、千葉、東京、沖縄という3つの場所に、それぞれ前歴不詳の男が現れたことから巻き起こるドラマを描いた。東京・八王子で起こった残忍な殺人事件。犯人は現場に「怒」という血文字を残し、顔を整形してどこかへ逃亡した。それから1年後、千葉の漁港で暮らす洋平と娘の愛子の前に田代という青年が現れ、東京で大手企業に勤める優馬は街で直人という青年と知り合い、親の事情で沖縄に転校してきた女子高生・泉は、無人島で田中という男と遭遇するが……。

映画.com より引用

作品の主題は紛れもなく怒りです。
ただその怒りは誰に、何に向けられたものなのか。その怒りに対して何を思うのか。怒りに辿り着くまでにどんな感情を経由するのか。なぜ怒りになったのか。そうした心の機微を、3人の身元不詳の青年と、それを取り巻く人々のドラマの中で繊細に描いた作品でした。

場所や時間を問わず、人と人が触れ合えば良くも悪くも影響し合う。時間経過とともに身近な人が殺人犯かもしれない。そんな生活の中で生まれる疑心、侮蔑、嫌悪、憐憫などネガティブな感情に包まれると人は酷く不安定になり、自分で必死に堪えようとするほど脆く崩れやすくなってしまいます。そして崩れた時に怒りが生まれる。
じゃあその崩れたものは何なのかというのは、人に対する信頼です。
映画予告編にもある『それでも、あなたを信じたい』は、正に登場人物全てに当てはまり、人と関わり影響し合った結果信頼は崩れ、怒りに転換される。
人を信じられなかった弱さへの怒り、簡単に信じてしまった自分への怒り、信じる人に裏切られた怒り。経緯は違えど怒りは最終的に自分に向けられ、自分の弱さと向き合う事を強制され、慟哭する。作中の人物たちの様々な形の怒りと慟哭が生々しく、この映画の中で最も凄惨でした。


ここまで書くとまるで救いのない物語ですが、唯一、愛子(演・宮﨑あおい)の存在は作品の救いだったように思います。
彼女も一度は裏切ってしまうものの、それまでの生活の中で育んだ思い合う姿勢が、ある登場人物の心を救い、そして彼女自身や周りの人たちの心を救います。物語自体は全くハッピーエンドではありませんが、ただ救いがなく、所謂「考えさせられる高尚な映画」で終わらせなかったのは、愛子の存在が大きかったと思います。

故・坂本龍一さんが作曲した主題歌がM21 - 許し forgivenessというタイトルである事も、相手を許す事で自分も許され、それこそが唯一で最大の、怒りに対する救いであると指し示しているように感じました。


不満点としては、登場人物たちが作中に至るまでの過程が明言されていないので、若干モヤモヤする部分はありました。また、男性同士のベッドシーンや女性が暴行されるシーンなど、衝撃の強い描写が多いものの、怒りに至るまでの舞台装置以上の役割がありませんでした。『怒り』というタイトル自体がある意味ミスリードなのでその点ではアリなのですが、個人的には無駄にセンセーショナルにしただけに感じました。何を求めて作品を見るか、で評価が分かれる作品だと思います。

ただ、出演者の演技がそれぞれ素晴らしく、一口に語れない繊細な人物像を映し出してくれていたと思います。
特に犯人として疑惑のかかる青年を演じた森山未來さん、松山ケンイチさん、綾野剛さんは本当に魅力的でした。素性不明=明かしたくない過去がある人間的な脆さと、殺人犯かもしれないという危うさがダークな魅力となり、画面上に常に緊張感をもたらしてくれていました。

そして渡辺謙さんの、少し情けない部分もありながら、愛娘を信頼し続ける人情味のある父親役が本当にハマっていました。めちゃくちゃ渋カッコよかったです。


乱文になりましたが、最後までお読みくださりありがとうございました。

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