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私は寒かった。
爪の先まで凍ってしまいそうなくらい寒かった。
夕暮れどきの景色とは一変、
亡霊のように見える家は黒く塗りつぶされていて、私の視界に立ちはだかる。
夜のベランダは切ないから嫌いだ。

君が後ろからくる。
「寒くない?」と問いながら

いつしかこの問いも投げられなくなった

私は煙を吐いて、少しずつ景色を描く
都会でも星が見えるなんて誰が言ったんだろうな。嘘つきにもほどがある。
後ろからの重圧といっしょに、ぬくもりがのしかかる。

生きててよかったと思う瞬間なんて、限られてるわよ。

月のお姉さんはいつも同じ場所からわたしに言う。結局は1人なのだ。
わたしはこの煙のように、ビルの隙間をかいくぐって生きていく。このワンルームからも、出て行かなくちゃいけない日が来る。
だから外は少し安心する。
でも君はわかってくれなかった。

私は寒かった。
あの日君が抱きしめてくれなかったから、
爪の先まで凍ってしまいそうなくらい、寒かったんだ。

#春 #記録

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