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小説noteでお花見 桜

風がひとひらの花びらを運んできた。私は、髪に付いた桃色のそれを指でそっと摘む。はずだったが、それは叶わずひゅるり。花びらがこぼれ落ちた。緑の絨毯の所々が薄い桃色に染まっている。

美香と智也君がワインボトルを持って隣のテーブル席まで来た。純白のドレスの裾は、あちこち動き回る間ずーっと芝生を引きずっている。クリーニング代が高くつかないのかな、なーんてつい現実的な事を考えてしまう自分に苦笑いする。

小さい頃から植物が好きな子だった。私にとって桜は全て同じに見えたが、10歳の美香に、薄い桃色の桜がソメイヨシノだと教えられた。「あの蕾はソメイヨシノだよ、もうすぐ咲くから一緒に見よう」そう言ってくれた事を思い出す。この式場を選んだのも美香らしい。

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「美香、本当に綺麗ね」
そう言って隣にいる主人の顔を見る。ほんのり目が潤んで見えるが、その目元にはしっかり皺が刻まれている。

「お父さん、これからもよろしくお願いします」
前に来た美香と智也君に改めて挨拶をされ、あらら、涙がこぼれ落ちそう。

ふふふ。思わず智也くんに笑いかけてしまった。

智也君は、何とも言えない顔で私を見つめ返した。

「それではここで、花嫁からご両親へのお手紙があります」

司会のアナウンスに促され、主人、そして私も続いて二人の前に並ぶ。

すっかり大人になった美香。でも黒目がちの瞳は小さい頃から変わらないね。どんなに綺麗にお化粧をしても、やっぱり美香は美香だ。私は迷うことなく見つけられる。

「お父さん、お母さん、今まで私を見守り、育ててくれてありがとうございました。お母さんは私が10歳の時に亡くなりました。早くに結婚して私を産んで、愛情深く育ててくれたお母さん。大好きなお母さんでしたが、一人で逝ってしまったお母さんを、私はある時から恨むようになり、桜も好きではなくなってしまいました。病室の窓から一緒に見た桜の蕾を思い出すからです。私は無邪気に『一緒に見よう』と言いましたが、お母さんはきっとわかっていたのでしょう。一緒には見られないことを。

私が桜をまた好きになれたのは、智也さんのおかげです。智也さんは、私のつらい気持ちに寄り添ってくれました。『無理をして楽しいふりをしなくていいんだよ』お花見で、皆が盛り上がって楽しむ中、うまく笑えない私に気づき、そっと言ってくれました。『つらかったことも、僕に話してくれれば、荷物を引き受けるよ』その言葉にどんなに救われた事でしょう。智也さんに会ってから、私は春も、桜もまた好きになる事ができ、今日このような日を迎えることができました。私に明るい希望をくれた智也さん。私も智也さんにとって、そのような人でありたい。そう強く思っています。

そしてこんな素晴らしい未来のパートナーに会わせてくれたのは、お母さんなのかもしれません。ずっと私を見守り続け、もしかした今日もいるかな、なんて思ってしまいます。私はお父さん、お母さんに見守られ、本当に幸せでした。これからもよろしくお願いします」

しばしの沈黙の後、拍手が聞こえてきた。
私も続けてするも、手のひらは合わさることなく、音はでなかった。

なかなか良いスピーチじゃん。さすが私の娘。きっと私は泣いただろう。横をみると、主人が細くなった身体に大きなテディベアを渡されている。産まれた時の体重だそう。今はそんなのが流行っているのね。私も抱いてみたかったな。手を伸ばしてみたが、触れる事はできなかった。

ー・ー・ー・ー・ー・ー 


「今日、お母さん来てたみたいだよ」

ソファーでオレンジジュースに口をつける私に智也が言う。タキシードによほど肩が凝ってしまったのか、さっきから何度も肩を回している。シャンデリアに照らされた顔は、ようやくいつもの涼しげな顔だ。智也が言うなら本当かもしれない。

「写真で見る以上にそっくりだったよ、双子みたいだった」

「同じ年だからね……」

永遠に30歳のまま年をとらないお母さん。一人だけ年をとってしまったお父さん。愛する人を残してどれほど無念だっただろう。

私は智也と二人で年を重ねて生きたい。お母さん、見守っていてくれるよね。


窓の外を見ると、6時だというのにまだ日は明るい。日が暮れるのがどんどん遅くなってきた。

私は、まだそこにいる気がして、満開の桜を眺めた。



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