逆噴射小説大賞2021個人的感想覚書 #05
えー、秋雨のみぎり、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
第5回、やっていきましょう
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輪郭線上のアリア
シュールレアリスム系のネタって、わりと取扱いが難しい気がするんですよね(小説に限った話ではなく)。兎に角理不尽でシュールな展開にするだけだと、読んでる方としても「……で?」という反応になってしまったりするんですよ。しかも、逆噴射のレギュレーションだと800字しか書けないので、その意味でも難易度は爆上がりする……はず。
本作も、シュールレアリスム系の作品なんですけど、日常が崩れる描写というのが凄いリアリティがあっていいんですよ。眼鏡を新しくしたときの、視界のクリアさに感動するの、視力が悪人だったら絶対に共感できると思う。
私は次元を崩壊させた経験はないんですけど、自動販売機の輪郭線を剥がす描写なんかも、なんとなく感触が想像できるようなタッチで描かれていて、「ああ、こんな感じか」と想像できるのが凄い。
そして、二手目にして最大の禁忌にサクッと突入するスピーディな展開も無駄がない。この先どうなるのか、世界が崩壊するところまで行ってしまうんでしょうか……。
チンピラ流子育て論:死体の片づけ方と道徳教育の両立について
行くも地獄、戻るも地獄。
クライム小説に現実世界ではありえない異常なオブジェクトをポンと置くとやはり強烈なフックになるな(私にとっては)と実感しました。ソリッドなシチュエーションのつくり方も巧み。おそらくふたりはボスの命令には逆らえない。子どもを攫えなければDEAD。しかし、目の前の子どもの機嫌を損なえば、即座にDIE。DEAD OR DIE...。二律背反の状況が、今後に訪れるスリリングな展開を予感させる。主人公二人組のキャラクターも、タランティーノ作品のように軽妙さを感じる。おそらく、この子どもに振り回され――てんやわんやのコメディ展開、そして、流れる血。そういった情景を想像させる作品。
2.7gの弾丸は誰も殺さない
出典:松本大洋「ピンポン」
異能卓球バトル漫画(漫画ではない)。タイトルがお洒落。遥か未来、人命の価値が遙かに高騰した結果、人々は銃の代わりに新たな弾丸で戦うようになった。PING PONG。ホビーモノの文脈に則って、繰り広げられる異能卓球BATTLE……。人命の価値があがっているのに、代打ちで店の経営権を争い、借金を押しつけあっているのは、世知辛さを感じますね……。争う道具は替わっても、人の本質は変わらない――。
そして、初戦から異能の存在が明かされたことにより、この世界の卓球はきっと『テニスの王子様』ばりの超能力インフレーションバトルになっていくことが約束されている。いまは空気抵抗を操ったり摩擦係数を操作したりのクラシカルな能力しか出ていないけれど、そのうち卓球台の上にブラックホールを作ったり、召喚した海賊のスタンドが胸を貫いたりし始めるに違いありません。楽しみですね。
月竜を喰む
やはりSFの面白さのひとつに、題材として取り上げられた技術により、社会がどのように変革をしていったのかの描写、というのがあると思う。空間跳躍の発見・普及により様変わりした世界観を描く『虎よ、虎よ!』とかが良い例だろう。
竜が存在している世界。ドラゴンは核の地位を手に入れた。生きる核兵器。メタルギアを遙かに上回る脅威だ。ファンジーと科学を織り交ぜながら、米ソの冷戦とからめながら展開される設定は、センスオブワンダーを刺激される。
そして、月の竜種牧場。地球で起きた異常事態。切実な食糧問題。物語はドライブの気配を見せる――。
八田千明の除霊事件簿
わーい! 強キャラ霊媒師! 強キャラ霊媒師だ!
強キャラ霊媒師が好きじゃない人はいませんよね。私も好きです。
出典:「来る」(2018)
しょっぱなから霊能者が一人死亡、一人は戦闘不能、主人公自身も身代わりが全て壊れるという大ピンチ。そこに颯爽と登場する女子高生。これは滅茶苦茶格好いい。ホラーというより伝奇、霊能系少年漫画のような読み味なのも、ヒロインの格好よさを際立たせている気がします。この後、主人公と八田千明は除霊を行うのでしょうが、タイトルが『八田千明の除霊事件簿』なのを考えるに、何かこう……人間の陰謀みたいなのも絡んでいて欲しいですね。「結局怖いのは人間だった」みたいなオチは割と批判されがちですが、実は私の好みなので……。
エルフォルビア
普段『小説家になろう』に入り浸って、朝から晩まで異世界ものにどっぷりつかっていると、ついつい忘れてしまいがちなんですが、異世界トリップ物ってなかなかに情報量が多いんですよね。「剣と魔法のファンタジー世界ですよ」という説明だけではなく「でもこのキャラは現代世界から来たんですよ」っていう説明も同時にこなさないといけないじゃないですか。文字数制限が存在しない状況なら現代日本に住む主人公の描写からやって、異世界に迷い混むシーンを描いたり、事故とかで死んだ後に女神と対話したりすれば一発なんですが、当然800字制限の中でそんなことはできるはずもなく……。
この作品では、一文目で「ギルド」や「エルフ」と言った単語を登場させることで、ファンタジー世界であることを爆速で読者に理解させ、そして連続殺エルフ事件というフックで続きを読ませてくる。「なるほどこれはファンタジー世界のサスペンスものなんだな」と読んでる側が予想を立てたあたりで、シグ・ザウエルという剣と魔法のファンタジーには似つかわしくない単語が登場し、ぎょっとさせる。そこからあれよあれよと手榴弾の戦闘シーンなどが出て来て、『移動者』という設定の開示。片思いのエルフを殺された主人公の決意――。この一連の流れがとてもスムーズで、テンポよく設定を理解させてくれる。やはり秀逸なのは、シグ・ザウエルという単語をポンと『移動者』の設定開示より先に持ってきたあたりなんだろうなー……。順序が逆だったら(『移動者』の設定が先に明かされていたら)「ああ、主人公は転移者だから現代世界の銃を持っているのね」ぐらいで驚きもまったくなかったんだろうけど、そこをあえてひっくり返すことで「むっ! なんだこれは」って感じでハートを捕まれた感ある。
死刑囚52号
犯罪者でありながら探偵。類まれなる知性と狂気。相反する二つの性質を持つキャラクターが非常に強い魅力を持っているのは、みなさまハンニバル・レクター博士などで当然ご存じのことかと思いますが、いかがお過ごしでしょうか。
死を待つのみだった主人公、死刑囚52号は、ある日事件解決のために駆り出される。死刑囚の監視をしていた人間の失踪。この事件の謎もそうだが、主人公の過去についても大きなストロングポイントを持っている。「優秀な探偵」だったと言われる主人公が、なぜ、死刑囚になったのか。そして、どんな罪を犯したのか――あるいは、冤罪か――といった過去だ。登場した二人目の探偵とバディを組み、事件の謎を追いながら、彼自身の過去が明かされていくのが楽しみでならない。
BUG
家事・育児ってなんかふたつでワンセットみたいな使われ方をしがちな言葉ですけど、難易度は控えめにいってヤムチャとフリーザぐらい差が無いですか? 人間に出来る所業じゃないと思う。子育てって。
乾いた文体で綴られる、子育てに疲れた主人公の描写は、湿度が控えめであるにもかからわず(むしろだからこそというべきか)読んでいるこちらの精神まで削ってくるほど真に迫っている。娘が寝た後にやるのが、晩酌とかでも読書とかでもニンテンドーswitchとかでもなく、散歩――しかもマンションの外周をぐるぐると何回もまわるだけと言うのが非常につらい。あなた疲れてるのよ。自分の娘を必死でかわいいと思い込もうとするのも、かなりこう……切実で追いつめられているのが伝わってきますね。
そして娘の部屋に居る『何者か』の存在。もちろんそれ自体も脅威ではあるものの、ここでもし某かの犯罪に発展し、ニュースになったりしたら、「なぜ母親は目を離したのか」「幼い子供をひとりきりするなんてありえない」みたいな批判が集まるんだろうな~~~って想像して勝手に落ち込んでしまった。
リバーシ〜逆転の物語〜
冒険のにおいがする!
持たざる者、虐げられ者――奴隷。そういった階級に、幼い主人公は身を置いている。難癖をつけられ、リンチされそうになりながら、日々を生きる。夢を持ち、いつかは強くなってやろうという誓いを胸に。
そんな少年の許へ訪れる転機。
売られたことにより、家族と離れ離れになってしまう少年。彼を待ち受ける運命とは――。
という、まっすぐな王道展開のオープニングを、800字でスピーディに終わらせている。ここから主人公の物語がはじまるのだ。
どんな困難が待ち受けるのか、どんな人と出逢い、どんな思いを抱くのか、ストレートに先が気になる冒険物語だ。逆転してほしい。
太歳頭上の惑い星
うわー!!! 伝奇!!! 好き!!!!!
謎の奇病に悩まされた男が、女巫医と呼ばれるウィッチドクターの許を訪れる話。面白いなぁ……。
伝奇物ってやっぱりこう……魑魅魍魎の類に絡めた薀蓄の披露が好きポイントで、京極堂作品なんかを見てもらえれば解るように、短い字数しか使えない逆噴射レギュレーションとは相性があまりよくないんじゃないかと思ってたんですけど、この作品ではコンパクトに、それでいて読者の想像力を掻きたてるように設定が開示され、(医者が患者にインフォームドコンセントを行う形なので、自然な流れで説明ができる)、そしてそれが同時に、女巫医である張先生のプロフェッショナル感の説得力にもつながっているのが見事。いいなぁ。
男を悩ます症状の正体。そして、張先生がどういった『治療』を施すのか、ぜひとも続きが読みたい作品ですねこれは……。書いてください。
あと個人的には130字近く使って、張先生の外見描写をがっつりやってくれたのが非常に嬉しいですね……。エッチな女医が嫌いな人類はいないので……。
憑物科の女巫医は、事務的にそう言った。よくあるのか。彼女のうねるような黒髪は長く、フチなしメガネの下の切れ長の目は物憂げに潤んでいて、ぽってりした唇。白衣を持ち上げる大きなバストの下には《張 角端》と書かれた名札が吊り下がっている。俺は思わず鼻の下を伸ばした。
(『太歳頭上の惑い星』本文より)
出典:佐藤大輔/伊藤悠「皇国の守護者」
自作紹介
出典:藤本タツキ「チェンソーマン」