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【ブックレビュー】ツミデミック

 初めての作家さんの作品を読む時は期待感が膨らむ。どんな文体、どんなストーリーなんだろう。自分の感性と合うだろうか、はたまた違う価値観(世界観)で揺さぶってくるのだろうかと。
 初めて家に招待された時のような心持ちで「お邪魔します」とページを開く。
 小説の場合、だいたい3ページも読めば分かる。分かると言うのは、好きな文章のリズムだなとか、面白そうだなという予感が。

 一穂ミチさんの作品はこの『ツミデミック』が初めてだった。今年の上半期、直木賞受賞作ということでクオリティは保証されているのだが、読み手としてはその分ハードルも上がっていた。だが、それもいらぬ心配であった。3ページ読み進めて間違いないと確信した。玄関に入ってすぐ「あ、素敵なお家ですね」といった感じだ。



 コンセプトはコロナ禍と犯罪を掛け合わせたものだった。
 罪+パンデミック=ツミデミック
 らしい。

 全6話の短篇集。連作ではなく、それぞれ独立した物語だ。
 どうせなら全話の感想を書いてしまおう。



違う羽の鳥

 大学を中退し、夜の街で客引きのバイトをしている優斗。ある日、バイト中にはなしかけてきた大阪弁の女は、中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗った。

 冒頭を飾る話はミステリ要素を含んだストーリー。スラスラとページが進むのは文章のリズムがいいのと、場面転換のタイミングが効果的だったから。つまりストーリーテラーとして腕があるということだ。オチも私好みであった。

ロマンス☆

 そう言えば、コロナ禍でUber等のフードデリバリーサービスは急成長を遂げていたなと思い出したが、本作はそんなフードデリバリーとガチャを掛け合わせた作品。

 主人公の主婦がある日、フードデリバリーのイケメン配達員を見かける。そのイケメンに会いたくてデリバリーを頼むのだが、なかなかイケメンに当たらない。そこからガチャ感覚でイケメンに会えるまでデリバリーを頼み続けるという話。

 発想も面白いし、オチは好みが分かれるようなダークなものだったが、私がいいなと思ったのは、そもそもの原因である冷めてきた夫婦間の描写であった。

他愛ない世間話さえ、最近の夫とは困難だった。狭い家の中で角突き合わせても消耗するだけ、と和やかな会話を心がけるほど、妻ひとりが能天気に日常を送っていると勘違いするらしい。百合は反論を諦め、食器を洗い始めた。

ロマンス☆

何でだろう、と百合にはふしぎでならない。この人は、わたしが楽をしたら自分が損をするとでも思ってるんだろうか。支え合うのが家族だと思ってたけど、夫にとってわたしはもうお荷物なのかもしれない。

同上


 この辺の描写が目を引いた。

憐光

あたしは、唐突に理解する。  
そうだ、あたし、死んでた。

憐光


 物語の序盤の台詞。
 序盤とは言え冒頭の台詞ではないので、厳密にはネタバレになってしまうのだが、15年前高校生の主人公が豪雨の日に亡くなり、コロナ禍の最中に幽霊として地元に帰ってくる話。
 幽霊が登場する小説はよくあるが、自分が幽霊であると自覚している主人公が親友と出会う。親友は15年の月日で大人になっていた。当時の担任も登場し、15年前の豪雨の日、自分が死んだ真相を知る。

 あまりスッキリした終わり方ではなく、人間の影の部分も描いていた。ただ、読んでいて気分が悪くなる程ではない。この辺は作者がブレーキをかけているのか、元からのバランス感覚なのか。
 前半3話は少し不穏な空気感があったが、この後の3話は読後感が爽やかなものだった。それも本書のコントラストになっている。

特別縁故者

 本書は全編を通してコロナ禍特有の習慣やワードが散りばめられている。ほんの少し前のことなのに自分の記憶から薄まっていると感じた。そう言えば最初期の頃、東京から田舎に行った人が偏見や恐怖の目で見られたことを思い出した。

 本書で私が一番好きな話。
 無職になった調理師の男。家族がありながらも引き篭もりのような生活をしている。ある日、小1の息子が近所の老人宅から旧一万円札をもらって帰ってくる。そこから男とおじいさんとの交流が始まる−−

 偶然に出会うのがお金持ちのおじいさんという、昔の韓国ドラマの設定のようだがそれでいいし、それがいいんです。
 人が変わるきっかけも、人が生きていくのに必要なものも、結局は人と人との繋がりなんだなと思い出させてくれるような物語。

祝福の歌

 高校生で妊娠し、出産する意志を持つ娘がいる家族の話。
 父親の視点、娘の考え、父の母親(祖母)の存在などが絡み合い、そこにウクライナ戦争の話題も加わる。
 命というものをテーマにしているだけに、短編では少し短いかな(長編でもっと深掘りしたものも読みたい)と感じた部分もあったが、そこは作者の力量か、短いながらもしっかりも纏められていた。

さざなみドライブ

 SNSの募集で集まった、集団自殺願望の五人。募集条件は「パンデミックに人生を壊された人」だった。

 集団自殺という設定で、たけし軍団のダンカンが脚本、出演した映画『生きない』(1998年)を思い出した。



 オチとしては映画『生きない』の更に先を行ったような終わり方。
 自殺と対比して、生きるということにスポットをあてる。よくある手法だが、読み終わった後はこう思う。
「こういうのでいいんだよ」と。



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バラクーダ
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