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ロストケア

夏休み最後の夜更かしできる今日—―――
本日の鑑賞したのは

ロストケア


さくっとあらすじ――――――――――――


斯波宗典(松山ケンイチ)は訪問介護士として働いていた。
利用者の家族からも職員からも評判の高い介護士だった。
ある日—―――
利用者(梅田さん)の家族が自宅を訪ねると、父親と訪問介護センターの所長の遺体を発見する。
検察は被疑者死亡の線で行こうとした矢先、検事の大友(長澤まさみ)が新たな被疑者として斯波の名を挙げた。
このセンターでは1か月に2人のペースで利用者が死んでいたのだ。
そして斯波の休日に死亡日時が重なっていることが決定的だった。
斯波は初めは梅田さんが気になって夜遅く自宅を訪ねると強盗に入っていた所長に遭遇し、揉み合っている内に頭を強く打ったと供述していたのだが、取り調べを続けるうちに彼は

42人を救った。これはロストケアなのだ。正義なのだと。

とそう言うのだった。

斯波は男で一つで育ててくれた父親の介護の為にバイトをしながら、必死に介護をしてきた。しかし介護の為バイトもままならなくなり、3食まともに食べられなくなった。
ついには、父親に手をあげるようになり…限界が来ていた。
そこで生活保護を受けようと申請するもあっさり却下される。
斯波はその時、この国には穴が開いているんだと気が付いたと言う。
一度その穴に落ちてしまえば簡単には這い上がれない。その絶望を味わった。訪問介護をする中でたくさんの自分とたくさんの父親と出会ったという。だからこそ自分がそうしてほしかったように―――――
利用者を救ったと供述したのだ。

この話を聞いた大友は激怒した。勝手に人の命を奪っておいて正義だと信じている目の前の斯波が許せなかった。

大友は裁判時に被害者遺族の事を論告する際の参考にと話を聞くことにした。
ある被害者遺族が言った言葉は―――――
救われたんです。斯波の行いで救われた人がいたという事実に大友は衝撃を受けるとともに、検事としての求刑の意思が揺らぐのだった。

大友は斯波が言った42人という数字に引っかかっていた。
センターの利用者は41人だった。あと一人は誰なのか――――

斯波とのやりとりの中で、あと一人は斯波の父親だった。
認知症が発症している中で父親が自分を殺してくれと言ったから
斯波は父親の希望とそして自分がこの地獄からの解放を願って救ったのだと。
斯波の犯行が世に出ることはなかった。斯波はこれは運命だと感じた。
これは自分に課せられた使命なのだと感じ。利用者への救いを施したのだとそう言ったのだ。

裁判時にも斯波は最後まで、自分の正義を疑うことはなかった。
大友も検事として最後まで己の正義を貫くのだった――――

面会室で斯波に語り掛ける。映画冒頭で孤独死したのは大友の実の父親だった。母親は離婚していて20年会っていない父親からの連絡を無視し続けその結果が孤独死だったのだと。
その事実から必死に目を背けようとしたが、脳裏から離れないあの孤独死の現場だった。
自分の父親が最後にどんな思いで死んでいったのか―――――
その思いに馳せ、斯波の正義を少し理解する大友の姿があった――――


現代社会に一石を投じる作品だと感じた。

孤独死・無理心中・介護疲れ・嘱託殺人…

よく聞くワードだろう。ニュースを見ていても自分には関係のない話だろうと心の隅にも留めないほどありふれた動機だ。
しかしその背景には当事者しか知り得ない深い絶望と悲しみそして地獄が存在する。
この作品に登場する利用者の家族は数多のほんの一例だ。
介護と育児に追われ、休む間もなく働く地獄、
いつ終わるとも知れない介護に心身ともに疲弊し家族という絆がその地獄に縛り付ける。情があるからこそ非情になれない苦しみ、怒り、そして絶望。その地獄から救ってくれるのは、死のみだ。
これが現実なのだとまざまざと思い知らされる。

映画内で直接は言及されていないが
”安楽死”というワードが背景にあるんだろうことは想像に難くない。
安楽死が認められている国が存在している記事を読んだことがあるが、
本人の意思、家族の同意で決められるらしい。しかし病気があることが前提だったような気がする。
個人的には安楽死は賛成派だ。
家族が苦しむのなら、それを良しとしない親であってならば自ら死を選択し家族が了承するのなら、それはいいではないかと思うのだ。
家族の問題に他人は関係ないからだ。
いつも思うのは日本はもっと議論する必要がある。
日本人は議論を避ける傾向にあるのだが、それは間違っている。
今作の大友と斯波のようにお互いの正義をぶつけるのが議論だ。
その必要性に迫られているのかもしれないと感じる作品だった。

今作の松山ケンイチさんの演技は絶望を経験した人の目だとはっきり分かるその眼差しだ。
斯波は盗聴をして救う利用者を決めていたみたいだが、利用者を救うその正義に多少の驕りがあったことが見え隠れする発言
斯波という人物が本当にそこにあったのだ。
これは、松山ケンイチさんの演技力の集大成ではないかと思う。
それぐらい本当に素晴らしい演技だった。

そして今作を見て自分の母が父親の看病をしている時の話を思い出した。
私の父親は病気で長きに渡り入院していて、脳梗塞の所為なのかは定かではないが、治らない苛立ちや絶望から自傷行為を働き介助者を呼ぶもなかなか続かなくて、結局母親と腹違いの兄たちが代わる代わる病院に寝泊まりしていたようだった。当時私は小学生だったのでそれを事実を知ったのはだいぶ後だった。
この経験からか、母はいつもどんなにいい親でも最期が良ければいい親だったと言われ、最後介護などで手がかかれば早く死ねばいいのにと憎まれて死ぬのだと言っている。
現在母親は、高齢だがまだ元気だが終活を始めている。樹木葬にしてくれ。お墓は要らない。法事もしなくていいとそう口酸っぱく言っている。
それを聞く度に本当に母は強い。そして最期まで娘を思うその様は本当に尊敬に値すると改めて思った。






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