伝統和紙「越前和紙」を特許文献から紐解いてみた【地財探訪 No.5】
本コラムは、地域の財産である「地財」を探訪するものである。全国の「伝統的工芸品(*)」の歴史を紐解きながら、関連する知財権情報と合わせて紹介していく。(知財権:特に、特許権、実用新案権、意匠権、商標権)
(*) 伝統的工芸品:経済産業大臣によって指定された計237品目の工芸品(2022年3月18日現在)
例えば昭和時代に出願された特許情報には、職人の拘りや後世へ伝えたい想いなどが隠れているかもしれない。本コラムを通じ、数百年以上の歴史がある「地財」である伝統的工芸品の新たな魅力を発掘していきたい。現代に生きる者として、先人が遺した知的財産を更に後世へと伝えていく姿勢が大事と考えるためである。
地財探訪第5弾は福井県「越前和紙」。
歴史を振り返りながら、伝統工芸士の職人技術を特許文献からも拝見していく。(過去のコラム:第1弾 青森県「津軽塗」、第2弾 沖縄県「琉球びんがた」、第3弾 秋田県「大館曲げわっぱ」、第4弾 岩手県「南部鉄器」)
01 越前和紙の概要
岐阜県「美濃和紙」、高知県「土佐和紙」と並び、日本三大和紙の一つである福井県「越前和紙」。「楮(こうぞ)」や「三椏(みつまた)」と呼ばれる植物を原料とする。
その歴史は古く、今から約1500年前に誕生したと言われている。「川上御前(かわかみごぜん)」という女性が、清らかな水を活用した紙漉きを村人へ伝えたという伝説が残っているためである。
川上御前は由緒正しき「紙の神様」として岡太神社に祀られており、その祭礼を通じて、職人たちの精神性を長きに渡って守っている。
そして越前和紙は、奈良時代には写経用紙として仏教の普及を支え、平安時代には手紙や歌を書く用紙として文明を支え、江戸時代には奉書(*)紙として重宝。明治時代以降は、横山大観氏や平山郁夫氏をはじめとする数々の画家に愛され、世界的な画家であるパブロ・ピカソ氏も使っていたとされる。(参考:「ルーヴル美術館にも和紙を納める人間国宝・岩野市兵衛の尽きせぬ情熱」中川政七商店の読みもの, 2017.9.15)
(*) 天皇や将軍の意向が記された公文書のこと。
代表的な和紙職人として、九代目 岩野市兵衛 氏がいる。パリのルーブル美術館にも納品する和紙を漉く、人間国宝である。昔ながらの製法にて、越前和紙の最高峰とされる「越前生漉奉書(えちぜんきずきほうしょ)」を漉き続け、今も世界を魅了している。
<経済産業大臣指定の伝統的工芸品>
「越前和紙」の指定は昭和51年6月2日。
<地域団体商標>
商標登録第5140246号「越前和紙」
02 越前和紙の特徴
・越前の清らかな軟水によって「柔らかい」和紙となる。
・「吸水性」や「調湿性」に優れ、「丈夫さ」も兼ね備える。
・天皇や将軍の意向が記された公文書に用いられていたその歴史から、「重厚さ」「高貴さ」を纏っている。
03 知財出願情報からみる越前和紙
実公昭62-45039:和紙乾燥板
出願日:1984.4.2 考案者:滝 長助 氏 出願人:福井県和紙工業協同組合 J-PlatPat リンク
漉いた和紙を乾燥させる板についての実用新案登録。
従来はイチョウ材を素材とする木製板が用いられていたが、木材の供給不足等により、代替品が求められていたとのこと。そこで本考案は、アルミ平板1の表裏面に「凹凸様模様2」および「フッ素樹脂被膜の如き剥離層3」を設けた。これにより、安価なコストでイチョウ製乾燥板に勝るとも劣らない乾燥板を得るというものである。
特公昭61-6199:和紙の紙抄き装置
出願日:1983.5.9 発明者:石川 甚治郎 氏 J-PlatPat リンク
こちらは漉き装置に関する発明である。前後左右に自由度高く紙材を漉くことができるように、抄枠1等の構成を工夫したものである。前後左右に漉くことで、両方向の引張に強い堅牢な和紙を提供することができる。
特公平5-65639:着色模様紙の製造装置
出願日:1987.6.6 出願人:南越紙業株式会社、梅田和紙株式会社 J-PlatPat リンク
和紙を着色する装置に関する発明である。ワイヤクロス2に載って往復動する搬送湿紙14に対し、複数本の色料液吐出管13から色料を吐出するというもの。色料分散用の分散液を流す平面板状流路12も設けられており、色料液や分散液の粘度を微調整することで、色味や模様をきめ細かく制御することができる。
特開平4-202898:クロミック模様紙、及びその製造方法
出願日:1990.11.22 発明者:前田 俊雄 氏 出願人:福井県 J-PlatPat リンク
熱や光に反応して変色するクロミック模様紙に関する発明。マイクロカプセル化したクロミック材料を和紙に分散させることで、例えば光の照射によって変色する和紙が実現する。そして型枠を用いれば、所望のパターンにのみクロミック材料を分散させることもできるというものである。
光や熱によって色味を帯びることで、より高貴さが増す和紙となりそうだ。
特許第5229829号:高機能性消臭和紙およびその製造方法
出願日:2010.3.31 権利者:石川製紙株式会社、独立行政法人日本原子力研究開発機構 J-PlatPat リンク
多層状の和紙に対して、消臭剤とともにハイドロゲルを用いることで、その消臭効果の定着を図ることができるという発明である。ハイドロゲルなしのものと比べて、消臭効果が持続しているデータが示されている。
<参考>
【ふくいデザイン探訪Vol.8・石川製紙株式会社】福井から海外へ。1500年の伝統を誇る越前和紙に、新たな技術を掛け合わせた“消臭効果を持つ”和紙が誕生。|ふーぽ, 2020.11.10
特許第5998339号:LED照明用光透過性和紙
出願日:2012.2.7 権利者:福井県、株式会社五十嵐製紙 J-PlatPat リンク
こちらは株式会社五十嵐製紙の製品「拡散和紙 KAKUSAN」に関連するものである。福井県和紙工業協同組合の理事長でもある 五十嵐 康三 氏によって発明された。セルロース系天然繊維を含み、光の透過性を向上させた和紙である。
<参考>
拡散和紙 KAKUSAN|【越前和紙】株式会社五十嵐製紙
04 特許情報からみる越前和紙の周辺技術
<和紙に関する記載がある特許456件における技術分野の一覧>
特許文献中、課題や要約中に「和紙」の記載がある案件について、技術分野毎の件数を示したグラフである。家具(50件)や照明(46件)が多い。又、1件だけ出願されている分野として「車両一般」や「楽器」などがあり、和紙をどのように活用しているのか興味深い。
最後に、上記母集団中、大学によって出願された案件を抜粋して紹介する。
【横浜市立大学・東京電機大学】特開2020-204714:骨髄穿刺トレーニング用ファントムおよび該ファントムを使用した穿刺応力検出装置。
横浜市立大学の医師と、東京電機大学の荒船教授による発明である。骨髄穿刺トレーニング用のファントム(擬似的な物体)に関する発明であり、「骨膜模倣層13」「骨髄模倣層15」に和紙が用いられている。
<参考>
教員情報 荒船 龍彦|東京電機大学
【龍谷大学】特許第7057562号:センサ装置
龍谷大学の辻上教授と、構造物の異常検知センサーを手掛ける株式会社E・C・S による共同発明。例えばコンクリートのひび割れを検知するセンサーとしての活用が想定される。繊維含有プラスチックプレート2の基材として和紙を用いることで、他の紙や不織布と比べて標準偏差が小さく、検知センターとしての良好なデータが得られている。
<参考>
辻上 哲也(つじかみてつや)|先端理工学部|龍谷大学
構造物異常検知センサー|株式会社E・C・S
【高知工科大学】特許第6508990号:多孔質金属およびその製造方法並びに蓄電装置
高知工科大学の藤田教授による発明。網状構造体11である和紙に金属粉体を焼結し、網状合金15を得るというものである。本発明によって多孔質金属の表面積が大きくなり、蓄電装置の性能向上が期待できる。
<参考>
藤田 武志|所属教員等一覧|大学案内|高知工科大学
【あとがき】「越前和紙」紐解いてみて
福井を代表する工芸品「越前和紙」について、その歴史を学びながら知財権の情報を調べてみました。文明を支えた越前和紙の歴史の奥深さとともに、消臭機能を有する和紙(特許第5229829号)や、光を拡散する和紙(特許第5998339号)が印象的でした。1,500年もの歴史がある伝統的工芸品が、他の技術要素と掛け合わされ新たな機能を有することで特許化に至る、という素晴らしい事例かと思います。
伝統的工芸品は、その機能的価値だけでなく、歴史を通じた情緒的な価値がある唯一無二のもの。それは、その地域や日本にとって代替できぬ「地財」であり、後世へと伝えていきたいものです。
参考情報
福井県和紙工業協同組合
越前和紙の里 -伝統と歴史が息づく和紙のふるさとへようこそ
越前和紙とは 宇宙にも行った高機能素材の特徴と1500年の歴史|中川政七商店の読みもの
人間国宝・岩野市兵衛 福井県越前市の越前和紙|活版和紙名刺 逸 -ICHI-
◆特許情報(母集団456件)検索式◆
① [[和紙/PS]+[和紙/AB]+[和紙/CL]]
② 出願日:20120101以降
①×②=456件 検索日:2022.7.8 検索DB:J-PlatPat
以上
Uchida l 知財ライター
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