電気ポット
キッチンからパンが焼ける音がして
昔からある緑色のトースターが「ガシャン」と鳴く
貰い物で揃えたダイニングテーブルセットの
いつものところへ座ると母が朝食を並べる
何年も前の日常がそこにあった
コンロでは食後のコーヒー用にと
火にかけられたヤカンがシューシューと
熱そうな息を吹いていた
「最近の電気ポットは早くて安全で良いんだよ」
そう教えてみても母は「へー」というだけで
まるで興味がなさそうだった
次の帰省の時に手土産で
最新の電気ポットを買って行った
コンパクトだけど省エネ機能があり
節約家の母が気にいると思ったのもある
「こんな良いものをありがとう」
たった数千円だよと言いい
安上がりな親孝行だけど
喜んでくれるならまあいいか
そんなことも忘れた頃
遺品を整理していると
箱に入ったままの電気ポットが出てきた
結局使わなかったのかと思いその箱を見ると
「〇〇年○月 〇〇からのプレゼント」と
綺麗な字で書いてあった
大切なものに日付とメモを書く母の癖だ
嬉しかったのは伝わったけど
今時の家電は苦手だったかな
母らしいと思いながら整理をしていると
あの緑のトースターもヤカンも
目立たないところに日付とメモが書いてある
ヤカンには「〇〇年○月〇〇さんと金物屋で」
トースターは「〇〇年○月お父さんと引越し祝い」
電気ポットは使えなかったんじゃない
大切な人と過ごした時間に使っていたものを
ずっと使っていたかったんだ
“便利だから”の理由だけで
父との思い出に対抗なんてできるはずがない
それでも電気ポットは喜んでもらえたのだろう
日付は最後に母と話をした日
そこから去る日まで母の心を温めたと信じて