馳星周(黄金旅程)で馬を深く感じる
なぜだか気になった本。Kindleで購入してそのまま放置していた本を読みました。
馬にまつわる本は読みたくても、馬から離れた今、蘇ることで辛くなる気がして遠ざけてしまっていました。
昨年末に元愛馬がとても安心した状況で暮らしているのを確認した今なら読めそう。
馳星周著「黄金旅程」
著者は、映画にもなった「不夜城」や、直木賞「少年と犬」(これも犬絡みなので読みたいけど避けたくもある本)を書いた人。
※後日、「少年と犬」読みました。以下がその記録です。↓
いやあ、ストーリーはさておき、競馬を好きな人も競馬を知らない人も、馬を知ってる人も知らない人も、ぜひ読んでみてほしい!!と大声で言える作品です。
小説家ってすごいですね!グイグイと引き込まれちゃいました。
そしてなによりこの方、馬のこと、本当に好きなんですね。
私も負けていませんが!笑
注)以下本の内容のネタバレ多少あります
競走馬について
一時は年間20000頭くらい生まれていたと聞いたことがありますが、今は7000頭くらいになっているそうで、そんな話は茨城県の競走馬のトレセンの人からの話。
G1レースなどの重賞レースを勝った馬などは繁殖の時期を終えて引退したら、悠々自適に牧場で一生を過ごせますが、なにしろ一生涯のうちに一度も勝ったことがない馬の方が多いわけで、そういう馬は乗馬クラブ等からの引き合いがなければ馬肉になっていくという運命だったりしました。
なので、よく乗馬クラブではクラブからいなくなった馬の行方は探さない方がいいなんてことを口にする人が多かったです。
私は犬絡みでイギリスのニュースなどに敏感だったのですが、イギリスでは愛護団体などの力も強く、早くから引退競走馬の第二の馬生をどうするかという試みが行われていました。遅れること数年、日本でも引退競走馬の養老牧場というものが増えてきています。
一口馬主といって、競走馬でも多くの一般の方が支えている馬などは、その後の余生も何人かでお金を出し合って養老牧場に預けていたりする話は身近に聞いたこともありましたし、ご贔屓の馬が乗用馬に転用されて乗馬クラブに所属したことを突き止めたファンが集って乗馬クラブがその馬を手放す時に余生を引き受けるなんて話もありました。身近にもそういう人がいました。
知れば知るほど馬は奥が深い
私の元愛馬も競走馬上がりで、6歳まで現役で中央競馬で3勝を上げた馬でした。私はまったく競馬の世界のことは知らなかったんですが、皮膚が薄く、気性も荒く、気を抜けば回し蹴りが飛んでくるようなこの馬と一緒に過ごすことでいろんな人と出会い、競馬の世界についても垣間見た十数年。
蹄も弱く、特殊装蹄と言われる装蹄を経たり、入れ込んで馬術の競技場で放馬して走り回りトラクターに衝突して足に大怪我をして獣医さんに縫合してもらうのも誰もが命がけだったり^^;、この本を読んでその頃の記憶が走馬灯のように蘇りました。
ほんと、小説家ってすごいですね。
馬は人を感じる
馬は一般的に思われている以上に繊細で頭が良くて、思慮深くて、愛情深いし、人をあっという間に見抜くので、この本に出てくるエゴンウレアのように、乗り手を試すことはしょっちゅう起こります。
怖がる人を脅かすし、横柄な人は振り落としますwまたはまったく本気を出さずにやるきの片鱗も見せなかったりします。ときに人はそんな馬をおとなしいと勘違いして、実は馬のやるきのなさに振り回されていることに気が付きません。
私なんぞは365日、明らかにりんごを持ってくる日々の世話人と思われていました。乗り役としては甘く見られていたので、馬が本気を出したらひとたまりもありません。
元愛馬は頭がよいと人に言われる馬でしたが、口向きの柔らかい繊細な馬だったので、大した練習でもない時はいいんですが、求めることが多くなってきて、少しでも口がきつくなるとその場で後ろ足で立ち上がるなんてことはよくありました。わざと少し突っ走ってみて急に横に飛んだり、跳ねたりすることもありました。そこで上が落ちないなと思うと、しばらくおとなしく従っていてまた忘れた頃にやらかす、みたいな事もあるあるでした。
同様な描写の細かい話も本の中には出てきます。作者は本当によくよく馬のことわかっていらっしゃる。
立ち上がった時、私のレッスンの先生はそこで鞭をくれろ!と言いました。後ろ足で立ってる時ですよ、想像してみてください。そこでさらに鞭を入れろって言うんです。なかなかそれはできませんでした。それをやらないといつまでも甘く見られるぞって。
本の中で天才ジョッキーが、G1レースの最終盤で馬がわざと右によれて人の制御からはずれようとした時に、持っていた鞭を左から右に持ち替えて鞭を入れたとありました!!ああ、これか。すごい、って思わず読みながらうなりました。
落馬の瞬間の描写も、ご本人が落馬を経験したことあるのかしらん?と思うほどリアルでこちらは追体験したような気がしちゃいます。
馬に関わる色々な職業がある
元愛馬の体質的な問題で獣医さんとは懇意にしていたし、蹄の問題で装蹄師さんとはしょっちゅう連絡をして装蹄には必ず立ち会っていたし、私は乗用馬のオーナーとしては割と特殊な方だったかと思います。
今回この話の主人公は有能な装蹄師さんです。競馬場で待機して本番前に蹄の確認や鉄が落ちた馬の鉄打ちを時間内に終わらせるという離れ業を行う人達。蹄の悪かった元愛馬も数名の装蹄師さんにお願いしていました。
いつも装蹄に付き合っていたので、どこそこの競馬場で装蹄中に馬にふっとばされた人の代わりにその人の担当馬の装蹄してるから休みがなくて大変だよ!とか、こういう爪にはこういう対処法があるよとか、少し伸びてきた時の爪の切り方も教わったり、海外ではこんな装蹄方法ありますよねって話題をふると新しい装蹄方法についても即答してくれるような勉強熱心な人が多かったです。
人間の靴がその人の歩き方によって減り方が違うように、馬の鉄もその馬の足の運びの癖や運動強度、腰の歪みや足の弱さによって減り方が違うのです。
馬は足が命だから、足元がだめになると生きられません。その大切な部分を装蹄師さんが扱っているんです。
一方、馬の獣医さんは大胆な人が多い印象です。暴れる馬に一瞬で注射を打つ先生や、蹴りが入る馬をいなして診察する先生。それでもあまりにも入れ込んでいる馬には何もできませんが^^;入れ込んだ馬は鎮静剤も効きません。
馬は立ち上がれなくなったら死を迎えます。わんこのように寝たきりでも生をつなぐということはできません。私の元愛馬が左後ろ足に大怪我をした際には横にならないように、馬房にロープで口をくくりつけて立たせたままにしておくという可愛そうだけどそれしか命が救えないということもありました。その消毒も他の人がやると蹴りが飛んでくるので、私が毎日通って話しかけながら消毒するという中で、獣医さんとのやり取りも深くなりました。
馬の獣医さんは数が少ないので、あちこちの乗馬クラブや競馬場を駆け回っているのですぐに来てくれるわけでもありません。電話をしたら長野県にいた、なんてこともしばしば。だから診察してもらったらあとはスタッフや自分で面倒を見なくてはなりません。2週間ほどで抜糸を迎えた時、よく頑張って消毒したね、もう大丈夫だからねって言われたときの嬉しさは忘れないです。
引退競走馬の第2、第3の馬生について
ホーストラストというものが全国で目につくようになりました。引退競走馬の余生を送る場所です。本書ではそのうちJRAも本気で取り組むだろうって言っていました。そうそう、そんな時期がたしかに来ています。
私の友人もその活動に一役買っているんです。なんとか馬の第3の馬生を送る施設の完成を実現させて欲しいと願ってやみません!!
(注:後日談ですが、この秋11月にとうとう馬の施設が完成するそうです!おめでとうございます!!2024年7月現在)
競馬場に行ったことも、馬券を買ったこともない私が、一頭の馬を通して広く競馬の関係者や馬にまつわることを知ったというのも不思議な縁だと思っています。
そして今この本に出会ったこともまた、このタイミングだから読めた気がして、元愛馬の一生が終わらぬうちに、馬房の掃除の手伝いをしに行きたいなって思っているところです。
馬は人の話をよく聞いています。耳をそばだてて、尾っぽを振りながら、知らんぷりしてても聞いています。
出会った当初はお腹を触れば蹴りが飛んでくる。顔を触れば耳を絞って噛みつこうとする。そんな馬がいつの間にか前からいきなり抱きついても、後ろから抱きついてもウットリとし、耳の中まできれいにタオルで拭かせてくれる馬になっていました。
ああ、やっぱり馬はいいなあ。
最後までお読みくださってありがとうございました。