「マクロ経済学の再構築」統計物理学との融合を目指して
「マクロ経済学の再構築・ケインズとシュンペーター」吉川洋著・岩波書店2020年8月発行
著者は1951年生まれ、イエール大学で博士号取得、東大名誉教授、現立正大学教授。専門はマクロ経済学。「人口と日本経済」等多くの著書がある。イエール大学では浜田宏一と同じくノーベル賞受賞のトービン教授に師事した。
本書は、ミクロ的基礎づけを持つ新古典派主流のマクロ経済への「アンチテーゼ」である。ケインズの有効需要の原理を中心に、ケインズの弱点と言われる供給サイド理論をカバーしつつ、統計物理学の手法を活用してマクロ経済学の再構築を図る。
著者の50年の研究生活の「卒業論文」の位置づけからかなりの大著である。しかし著者の基本的な考え方を理解すれば十分である。
新古典派マクロ経済学の中心・ワルラスの「一般均衡理論」は、市場と競争の整った証券取引所を前提の空想モデルであり、完全な失敗作と断定する。
必要なのはケインズ有効需要理論をバックに統計物理学を利用した経済物理学が必要と言う。
マクロ分析にミクロの相似拡大で理解する新古典主流派マクロ分析は、故にリーマンショックを説明できず、有効策も生まれなかった。マクロにミクロを追っても無意味である。
「GDPは何で決まるのか?」
新古典派は労働、資本、即ち生産要素で決まると言う。これは生産要素のフル均衡水準を前提とし、失業を説明できない。
ワルラスの一般均衡はパリ取引所と競売人の理論であり、フイクションである。
「景気変動はなぜ起きるか?」有効需要のアップダウンで起きる。設備、在庫、住宅等の影響が大きい。シュンペーターは周期にも興味を持ったが、本質は有効需要と考えた。
マンキュー経済学は経済成長は供給サイドで決まり、長期GDPは資本と労働で決まると言う。著者は、そうではなく、需要で決まると言う。
大きな問題は先進国の経済成長の低迷である。これは「需要の飽和」が原因である。失業発生は高い収益力のある投資が出現しないことにある。その意味で需要創出型イノベーションが必要。即ち、ケインズとシュンペーターの結合である。
長期停滞は総需要減から投資減へ進み、潜在成長率低下を招く。これが需要の飽和である。
歴史は需要の飽和をバブル発生で誤魔化してきた。バブルは人災、合理性はない。バブル防止は金融政策活用しかない。金融政策を間違うと恐慌に陥る。恐慌はすべて金融恐慌である。
マクロ経済学の再構築は新古典派マクロ経済学のミクロ的基礎づけから脱皮し、有効需要理論の再構築しつつ、有効需要の背後にある労働市場のメカニズムを解明することであると言う。
それをせずに賃金がなぜ上がらないのか?を問うても意味がない。
フリードマンは、自然失業率はワルラス一般均衡論の持つ構造的特性を織り込んだものと言う。一般均衡がフィクションならば自然失業率も意味をなさない。
アクセル・レイオンフーヴッドは経済学者種族を「未開種族」になぞらえて、たとえ話をする。
この未開種族は儀式のためのモデルづくりの腕前で身分が決まる。しかしこのモデルはほとんど実用性がない。
マクロ国とミクロ国の二つの国は考え方が違うので、両国間の婚姻関係を結ばない。加えて身分カースト制が厳しく、上位の「数理学族」と下位の「開発経済族」の差は大きい。
更に特徴として「政治学族」「社会学族」など他民族接触はタブー視されている。最近「心理学族」と接触し、「行動経済学族」なる新民族が出現しつつある。
マクロ経済学こそ他分野の学問との融合、手法活用が必要な学問ではないだろうか?