ブルックナーの交響曲聞き方ガイド(中級編)
ブルックナーの交響曲は、とてつもなく長い。
演奏会で聞くにせよ、録音で聞くにせよ、集中力を保ち続けるのは至難の業である。長大な交響曲を最初から最後まで聞き通すコツはないのだろうか?
ブルックナーの交響曲を一曲丸々聞き通すには、各楽章ごとに、曲の構成(つくり)を押さえた聞き方が必要になってくる。
逆に、曲の構成さえ理解すれば、ブルックナーの交響曲は非常に明晰で聞きやすい。
中級編の今回は、交響曲全般に共通する構成の特徴を概観した上で、《交響曲第8番》(1887年稿)を例に、ブルックナーの交響曲の形式について具体的に見ていく。
(注)以下、交響曲はいずれも初稿を標準とする。
1.ブルックナーの交響曲のつくり
究極の理想としてのベートーヴェンの第九
ブルックナーは、交響曲の形式(つくり)に関して、ベートーヴェンの《第九交響曲》を「究極の理想」としていた。
ウィーン移住後に作曲した交響曲第2番以降、ブルックナーのすべての交響曲のベースにあるのは、ベートーヴェンの《第九交響曲》である。
(もちろん「第2~5番」と「第6番以降」では多少は趣が異なるが、しかし、交響曲作曲の基本となるベースの型は終始一貫して《ベートーヴェンの第九》であり、その一貫性は以下に順に見ていくとおり「第九モデル」とでも呼べる基本型に集約されるものである。)
それでは各楽章ごと、それぞれ図式的に曲の構成を確認していく。
第1楽章および第4楽章
交響曲第2番以降、ブルックナーの交響曲の両端楽章の構成は一貫して、三つの主題を持つソナタ形式である。
第5番のように序奏ないし導入部を持つものもあるが、基本図式は上記の通りである。
(例外としては、導入部が【展開・再現部】の「AとBの間」で再現されるもの(第4番第4楽章)や、再現部が「C+B+A」の順で構成される(第7番第4楽章)もの等がある。)
ブルックナーは、提示部に性格の異なる三つの主題を設定した。
なかでも第三主題は、移行句や推移句あるいは小結尾が独立性を高めたものといった程度ではなく、元来十分な独立性を備えた主題がそのためだけに用意されたといった面持ちであり、ある意味で非常に豪奢なつくりをしているとも言える。
(ちなみに、交響曲における第三主題の導入例はモーツァルトやシューベルトにも一部あり、必ずしも新奇性に富むものではない。なお、二主題間の旋律的および和声的な対比を基本原理とするソナタ形式の性質上、第三主題の導入は決して容易ではなく、ブルックナーは交響曲の長大化のためにこれを意図的に取り入れたものと思われる。)
◆ ◆ ◆
ソナタ形式の構造をより詳細に見ていくと、ベートーヴェンの第九と同様、「展開部のクライマックスが実質的に再現部の開始」であることが多く、展開部と再現部は相互融合的である。
コーダは、第九同様に、独立した立派なものが設けられており、総奏にて堂々と締めくくられる。
(なお、総奏によらないコーダの唯一の例が、1890年稿の第8番第1楽章である。)
また、第4楽章フィナーレについて、第2番から第5番までは、第九同様に、既出楽章の主要主題が(わざとらしく)再登場する。
いわゆる、既出主題の「回想」である。
その方法はもはや「ほのめかし」などといったレベルではなく、ベートーヴェンの第九交響曲からのはっきりとした影響をストレートに表現するものである。
(なお、第6番以降のブルックナーは主題回想という手法を用いずに交響曲全体の有機的統一を図るべく工夫をこらしていくようになる。)
スケルツォ楽章
ブルックナーのスケルツォは、ベートーヴェンの第九と同様、トリオ(中間部)を含む複合三部形式の楽章である。
トリオは非常に聞きやすく、メロディメーカーとしてのブルックナーの魅力を存分に味わうことができる。
ブルックナーのスケルツォは、もれなく、この形式である。
緩徐楽章
交響曲第2番以降、ブルックナーの緩徐楽章は、ベートーヴェンの第九と同様、交互に登場する二つの主題に基づく変奏曲の楽章である。なお、対比的な二主題の発展的再現に着目することで一種のソナタ形式と見ることも可能であり、上記図式では後者を採用している。
独立したコーダを有するか否かの違いはあれど、ブルックナーの緩徐楽章といえばこの形式である。
(唯一の例外として、三つの主題を持つソナタ形式を採用した第6番のアダージョ楽章が挙げられる。)
2.実例としての交響曲第8番
以上、交響曲第2番以降ほぼすべての交響曲に共通する楽曲形式上の特徴について見てきた。図式を簡略化すると次のようになる。
さて、ここからは実際に交響曲第8番を例に、曲の構造に着目しながら、全曲通して聞いていく。
(注)以下、ABC等の開始に該当する分秒を「M:N(M分N秒)」と表記する。
第1楽章
基本図式:【A+B+C】+【展開・A+B+C】
◆提示部
A 00:00 B 01:51 C 03:38
◆展開・再現部
展開部 05:43 A 09:57 B 10:53 C 12:15 コーダ 13:53
第2楽章(スケルツォ楽章)
基本図式:【A+B+A】+【a+b+a】+【A+B+A】
◆主部
A 00:00 B 01:39 A 03:36
◆トリオ
a 05:18 b 07:02 a 07:43
◆主部
※ダ・カーポのため以下省略。
第3楽章(緩徐楽章)
基本図式:(A+B)+(A'+B')+(A'')
◆提示部
A 00:00 B 04:37
◆展開再現部1
A' 08:14 B' 12:36
◆展開再現部2
A'' 16:22 コーダ 24:07
第4楽章
基本図式:【A+B+C】+【展開・A+B+C】
◆提示部
A 00:00 B 01:43 C 05:01
◆展開・再現部
展開部 08:48 A 14:40 B 17:33 C 19:42 コーダ 22:00
3.まとめ
ブルックナーの交響曲は、形式(つくり)に着目しながら聞くことで、極めて明晰になる。交響曲一曲の長さは尋常ではないが、はっきり言って、そのつくりは非常にシンプル、単純明快なのである。
だからこそ、形式(つくり)に着目したときの効果は、絶大である。
楽章ごと、形式を意識しながら聞きすすめていけば迷子になることは決してない。
また、つくりの基本型はどの交響曲も共通だからその都度、新たに勉強しなおす必要もない。なんと便利な「定理」だろうか。
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【補記】
もちろんこれはブルックナーの交響曲に限った話ではない。
18世紀から19世紀の西洋クラシック音楽、なかでもドイツ語文化圏の音楽を聞くとき、形式(ソナタ形式)という視点は極めて重要である。
ソナタ形式に着目することで、音楽を聞くときの満足度が一気に上昇するのである。
序奏や導入部はあるのか。
第二主題はどこから、どのような調性(近親調?遠隔調?)で提示されるのか。
展開部はどこから始まり、どのように展開していくのか(どこまで転調していくのか)。
展開部における遠隔調への転調は、最終的にどのように解決(主調への回帰=再現部の開始)されるのか。
再現部における第二主題は、どのような調性(主調?主調以外?)で再現されるのか。
コーダはどこから始まり、曲はどのように終わるのか。
こういった視点を持ちながら音楽を聞くことで、ぼんやりとしてあやふやだった箇所の意味内容が事後的に了解され、より一層充実した音楽体験への道が開かれるのである。
ハイドンがいかにワンパターンの正反対であり、いかにウィットやユーモアに富んでいたか、ベートーヴェンがいかに革新的であったか、ブラームスがいかに保守的であったか。
こういったこともソナタ形式に着目することで、はっきりと聞こえてくるのである。
◆ ◆ ◆
あらためて、ブルックナーの交響曲は第9番まで存在するが、形式(つくり)から見えてくる多様性や差異はそれ以上である。