角杯と共に生きている。
大切なブランドの話をしたい。
GARGERYのオリジナルグラスを「リュトン(rhyton)」と呼んでいる。これは日本語では「角杯(かくはい/つのはい)」であり、つまり動物の角(つの)を利用した飲酒用の杯を模したグラスということ。
ビールのブランドグラスとしては極めて個性的であり、「ガージェリー」というブランド名を覚えていなくても、「あのグラスのビール!」と、グラスの形で覚えていただいている方は少なくない。GARGERYの顔になっていると言っても差し支えないだろう。
この「リュトン」を生み出すまでのストーリーを紹介したい。
すでに何度か書いたが、GARGERYは2002年末に樽詰ビール「ガージェリー・スタウト」だけのブランドとしてスタートした。将来的には複数の種類のビールを展開することは想定していたが、このブランドで訴えたいメッセージを、より明確で、より際立ったものにするために、当時の日本人にとっての“普通のビール”とは最もかけ離れている“濃厚な黒ビール”を前面に出すことにしたのだ。樽詰め翌日にお店に届く極めて鮮度の高い“黒ビール”は、それだけでもインパクトがあるが、ただそれだけではGARGERYを広げていくためには十分ではないと思っていた。
ひと目惚れされたいと思った。
樽詰ビールにはお客様の目に触れるラベルがない。飲食店で普通のビールグラスやジョッキに注いでしまえば、見た目はいわゆる“普通の黒ビール”と変わるところはない。ビールグラスやジョッキに「GARGERY」のロゴをプリントしたとしても知名度がゼロなので、せいぜい、外国のビール?と思われるか、場合によっては、ブランド名であることも気づいてもらえないかもしれない。「なんかの黒ビール・・・」で終わらないためにはどうすれば良いのか?
その答は、ベルギービールにあった。2001年に事業のヒントを見つけるためにヨーロッパ市場を視察している中で、印象に残ったのがベルギービールの提供方法。
ビール好きの方はよくご存じと思うが、ベルギービールには、聖杯型やチューリップ型などそれぞれ個性的な形状のブランドグラスがあり、お店ではほぼ必ずそのブランドグラスで提供されている。中でもORVAL(オルヴァル)やRochefort(ロシュホール)の聖杯グラスは、日本で見るビールグラスとは全く異なる形でインパクトがあり強く魅かれるものがあった。例えば、スタイリッシュなカフェに入って隣の席で女性が大きな聖杯グラスで何かを飲んでいたら、「あれは何だろう?」と目を引くだろうな、と妄想が膨らんだのだ。
どちらかと言えば、無骨なビアパブでパイントグラスで飲むイメージが強かった黒ビールを、まるで赤ワインやエスプレッソコーヒーのようにエレガントな飲み物に見立てて、ひと目惚れするような魅惑的なグラスでサーヴする。このイメージがブランドグラス開発の起点だった。
とは言え、だから聖杯型グラスではベルギービールの物真似以外の何物でもないので、ブランドのストーリーを雄弁に語る独自のデザインを開発したいと考えた。
ブランド名が「GARGERY」に決まり、ビールは“黒ビール”(スタウト)だけで始めることにした。そして、ブランドのコンセプトづくりからプロジェクトに関わっていただいていたデザイナーの太田益美さんに、「GARGERY」ロゴと合わせてオリジナルグラスのデザインもお願いした。
GARGERYのブランドコンセプトである、人の心の深くにある根源的なイメージ「元型(Archetype)」、そして、ビールの原点を求めようというプロジェクトの志、これらを体現するグラスとは・・・と思考を巡らせた太田さんから出来てたものが、このデッサンだった。
その場にいたプロジェクトメンバーは目を奪われ、それぞれの捉え方はあったと思うが「これだ!」という気持ちだったはずだ。まだ漫然としていたところのあったプロジェクトが、手応えのある何かに変わった瞬間だったかもしれない。酒器の元型とも言える角杯は、まさにGARGERYブランドの「顔」として相応しいものだった。
さて、このアイデアを、実際に「作れて」「使える」グラスにしていくことが大変だった。
硝子職人が実際に作れるものでなければいけないのはもちろん、ハードルが高かったのが、飲食店の業務用として使用してもらうための十分な強度と機能性がなければならないということだった。なにしろ硝子の台座に硝子のグラスを差し込む、しかもビールを飲むことが前提で、ある程度酔いが回った人が使用するわけだ。飲食店のオペレーション的にかなり無理がありそうに思う。ただ実現させたかった。そして、実現させるだけのエネルギーを生んだのは、このデザインがGARGERYブランドの顔として、絶大な力を発揮することがイメージできたからだ。
きっと、ひと目惚れされる。
我々は、このグラスを手に、GARGERYブランドのコンセプトを“熱く”語った。
グラスと台座の形が決まり、グラスの側面に「GARGERY」を表すルーン文字を配することにした。古代ヨーロッパの魔術文字はデザイン上も重要な役割を持っている。逆円錐形のグラスはややもすれば、ソフトクリームのコーンの形にも見えてしまうが、この文字があることで神秘的な空気をまとうことができる。そして、文字のひとつ一つに様々な占い上の意味があるため、全体でブランド名を表しながら、一方で、飲み手個人個人の気持ちに寄り添う意味合いを含ませることもできるのだ。
このルーン文字については誰もが存在に気づくと思うが、リュトンにはもう一つデザイン上の大きなポイントがある。
それは台座の底。
台座の側面から底面を見ると。
穴から覗くと。
ガージェリーのブランドシンボルであるケルトの鍛冶神「ゴブヌ(Goibhniu)」と「GARGERY」ロゴが底面に刻まれてることがわかる。台座をひっくり返してみると裏表反対になる。
ゴブヌはエールを醸造し宴を主宰したと言われ、そのエールには不老不死の秘術がかけられていたという。その伝説がGARGERYブランドを底で支えている・・・
何も言わないと台座の底のこの模様には気づかない方が多いのだが、ガージェリーを召し上がって何回目かに「あれ、これなんだ?」と発見する、というのも面白いじゃないか。そしてバーテンダーやソムリエ、お店の方が「お気づきですか・・・?」と、したり顔で説明する。
ところで、この台座底面の模様は初めからあったわけではない。
初代のリュトンの台座はこれ。
底面は岩肌になっており、側面に「GARGERY」のロゴが金プリントされていた。最初のデザインはこれでスタートしたのだが、使用しているうちに金プリントが次第に剥げてくるし、ブランドロゴを真正面に配するのはやや “正統派過ぎて” 面白みに欠けるのではないかとの思いもあった。またブランドマークとして開発したゴブヌのデザインはとても気に入っていたものの、あまり出番が無いなと思っていたところ、底面の岩肌の替わりにこのデザインを刻み込んだら良いのでは?という閃きがあったのだ。
こうしてリュトンが今の形になり、GARGERYとともに飲食店に広がっているのだ。
当初の、お客様がグラスを穴に入れ損ねてビールをこぼしてしまうのではないか?割ってしまうのではないか?という心配は無用だったことがわかった。
人の手は、人が思っている以上に優しく振る舞うことができる。
後付けで思いついたことだが、リュトンのこの形は「この穴にグラスを戻せないほど酔っ払ったら家に帰りなさい」というメッセージにもなる。
注ぎ手、飲み手、それぞれに、いろいろな解釈をしてもらいたいと思う。
それが、GARGERYの本望だ。