【短編小説】 昨日の続き、明日の始まり
1.朝の無味な音
目覚まし時計が鳴る音は、もう何年も変わらない。6時30分きっかりにセットされたそのアラームは、まるで義務の始まりを告げる合図のようだ。ベッドの中で数秒、目を閉じたまま深呼吸する。寝起きの頭の中に、今日の予定が淡々と並ぶ。朝食、子供の送り迎え、仕事のメール、夕食の支度。そして、再び夜が来る。
「今日も始まるか…」
口元に浮かんだ言葉は、ただの習慣的なつぶやきだ。特に意味はない。ただ、日常の流れの中で繰り返される自動的な反応。起き上がり、窓を開けて朝の光を迎える。外の世界は美しく見えるのに、自分の中には特に感動もない。ただの一日が始まるだけだ。
2.過去の残像
キッチンでコーヒーを淹れていると、ふとした瞬間に、昔観た映画のシーンが頭をよぎった。あの頃はまだ自由だった。何もかもが新鮮で、可能性に満ちていたように思えた。夜中に友達と映画を観て、くだらない話で盛り上がった。何気ない時間が、今となっては貴重に思える。
「字幕で観た映画…あれはなんだったっけ?」
名前は思い出せないが、画面の中で俳優たちが交わした台詞や表情だけは鮮明だ。記憶の中のその瞬間が、何故か今の自分に問いかけるように感じた。
『この人生、こうなると知っていたら、あの頃何を選んでいただろうか?』
だけど、そんな問いかけに答える暇もなく、次のノルマがやってくる。子供が起きる時間だ。
3.昼の義務感
家を出ると、太陽が強烈に輝いていた。だが、その光も、暑さも、ただの背景に過ぎない。学校までの道のりは、いつもと同じだ。周りの景色は、日々変わり続けているはずなのに、私には変わっていないように見える。
「ママ、今日はお友達と遊んでいい?」
子供の声が、私を現実に引き戻す。
「いいわよ。でも、帰る時間は守るのよ。」
自分の声が他人事のように聞こえる。まるで台本通りに喋っているかのようだ。全てが決められたルーチン。仕事も、家事も、育児も、全てが義務として積み重なり、私はそれをただこなすだけ。
4.夕方の沈黙
夕食の準備を終えた後、ふと椅子に座り込んで、壁にかけられた古い映画のポスターを眺める。窓のそばに飾ったそのポスターは、昔からそこにある。だけど、その意味は今や薄れてしまったように感じる。
「いつから、こんな風に生きるようになったんだろう…」
一人つぶやく声が、部屋の静けさに吸い込まれる。かつては、自分の人生にもっと多くの選択肢があると思っていた。もっと自由で、もっと冒険的で、もっと自分らしい人生があるはずだと信じていた。
でも、今はどうだろう?日々のノルマをこなすだけの、終わりの見えないルーチンが続いている。何かを引きずりながら、それでも何かを待っている自分がいる。
5.夜の終わり
子供が寝静まった夜、再びポスターを眺めながら、思い出すのは、あの映画のラストシーン。主人公は、何も変わらない日常の中で、ただ未来を見つめていた。彼女の瞳には、期待も不安も入り混じっていた。
「私はどうだろう?」
夜の静寂が、問いかけてくる。答えはまだ見つからない。ただ、こうしてまた次の朝を迎える準備をするだけだ。
結局、何かを待ち続けているのかもしれない。ノルマの中で生きる日々の中に、少しでも希望の光が差し込む瞬間を。