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【‘‘人と言葉、そして獣たち’’】

-『言葉の獣』からみる、言葉の意義を巡る旅路-

言葉というものについて、改めて考えるきっかけになったある一冊の漫画作品と出会いました。

私たちが生きる上では、言葉とはなくてはならない存在であり、家族や友人と接し、コミュニケーションを取ったり、もしくは小説や映画作品に触れる際に関しても、言葉があるからこそ、世界が成り立っており、言葉は私たちと密接に結び付くものであると感じます。


本作は、言葉を通したものが獣の姿で見ることができる共感覚である東雲と、詩が持つ言葉が好きな薬研との心の交流を描いた群像劇であります。

東雲は、言葉の獣として人の気持ちを見ることができ、生息地と呼ばれる場所に獣たちは棲んでおり、言葉の真意により、色んな獣へと変化する‘‘言葉の生息地’’で獣と出会い、言葉の獣とは何か、そして生息地が一体何なのかということを探求していく。

薬研は、言葉の獣から人の気持ちを見るには、どうすればいいのかと、東雲に語り掛けるシーンは特に印象的でありました。

その問いに関して、東雲は‘‘ひたすら、考える’’ことだと答える。

そして、薬研は言葉を追いかけることから、考えたり、表現したりすることを歓迎されている感覚を覚え、言葉の意義を巡る旅路に楽しさを経験することはとても面白く考えさせられるものがありました。

言葉の獣から、人の気持ちを知ること、考えることは私たちにとっても大切なことであるということを痛感しました。

確かに、東雲のような共感覚さえあれば、私たちが普段から読書をしたり、映画を観たりする過程の中で物語の中の登場人物たちの心情を汲み取ることは容易いものであると感じます。

ですが、薬研のように言葉を追いかけることはとても共感出来るものがあると思います。

考え方や表現の仕方というものは、人様々であり、私たちは言葉の持つ真意を知りたいという薬研の気持ちは重なるものがあり、本作品の裏表紙にある一文が記されていて、感銘を受けた一文があるので、ぜひとも引用したいと思います。

『言葉の獣』1巻 裏表紙より


【実際の引用文】↓

「何気なく呟いた言葉が偶然一篇の詩になることは美しいけど、美しいものの輪郭を見たくて詩を書くことだって慈しむべきなんだ。

それなのに詩を書くことを馬鹿にする風潮はどこまでも消えない。

でも何かを言葉で掬いたいなら臆せず書かなければならない。」(引用)

言葉と詩を巡りながら、何故、私たちは言葉を求めるのか、その答えを見つけるまで、これから歩み始めなければいけないことに気付かされました。

言葉、詩、獣、これらの着想はとても興味深い内容であって、読者である私たちに夢や希望を与えてくれる魅力的な作品であることを感じました。

「‘‘何かを言葉で掬いたいなら臆せず書かなければならない’’。」

この一文は、胸を打たれるものがあり、考え方や表現の先にあるものを追い求め、東雲のように私もいつかは言葉の獣に出会えたらいいのになと妄想しながら気付けば『言葉の獣』の世界観の虜になっていました。

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