第一話 『空』
僕は「普通の大学生」である。
田んぼが一面に広がり、遠くの山々が見渡せる田舎に生まれた。まだ手が届かないような何かを求めて都会に出てきた。大学生の「田中佐助」が偶然にも幼馴染みの「佐々木青彩」と同じ大学で出会い、普段の日常が特別な日常に変化する。なぜ日常にあるものは何も変わらないのに、僕の日常が一変してしまったのか。これから始まる話は、僕の心を彩ったかけがえのない物語だ。
目次
1章 「空」【青】
2章 「観葉植物」【緑】
3章−1 「川合」【藍】
3章−2 「川合」【藍】
4章−1 「向日葵」【黄】
4章−2 「向日葵」【黄】
5章−1 「夕暮れ」【橙】
5章−2 「夕暮れ」【橙】
6章−1 「勿忘草」【紫】
6章−2 「勿忘草」【紫】
7章−1 「クリスマス」【赤】
7章−2 「クリスマス」【赤】
完結
青彩編(青彩の視点から物語を描きました!)
1章−1 「青春」
1章−2 「青春」
2章−1 「盛夏」
2章−2 「盛夏」
2章−3 「盛夏」
3章−1 「秋声」
3章−2 「秋声」
3章−3 「秋声」
4章−1 「杪冬」
4章−2 「杪冬」
4章−3 「杪冬」
最終章 「四季折々」
1章
思わずドキッとしてしまうぐらい、耳の奥に鳴り響く目覚ましの音で目が覚めた。カーテンを開けると太陽の日差しが1日の始まりを教えてくれる。いつもの陽気な朝だ。
僕はコーヒー用のケトルに水を入れてガスコンロの上に置き点火する。毎朝ドリップしたコーヒーを淹れるのが日課だ。コーヒーをドリップするとコーヒーたちが呼吸するように空気を吹き出す。そこには命があるようで、独特の香りと苦味で自分の命を守っているようにも思える。生憎、僕はその香りと苦味が好きで、コーヒーの期待を裏切るように「今日もあなたのために命を削りました。どうぞお飲みになってください」と聞こえている。
長く続いた梅雨の時期も終わり、アパートの扉を開けると肌に生温い空気を感じる。駅まで歩いて5分のところを駆け足で急いだ。電車は始発の駅から3駅目のところで運がよければ座ることができる。今日は運よく座ることができた。
〜〜〜〜〜
僕は田舎は嫌いじゃない。家族も友達もいるし、自然も豊かで心穏やかに生活することができる。でも、どこか狭く、息苦しさを感じていた。
ここから出て、まだ見たことがない世界を自分の目で見てみたい、いろんなことを実際に体験して感じたい、自分の力で何かを成し遂げたい。と無意識に思っていたのかもしれない。
東京に来てからの生活は刺激的だった。
家の近くでは24時間営業しているコンビニやファミレス、ファストフード店があって、夜も居酒屋が栄え、街には沢山の人が賑う。昼もカフェやレジャーで遊ぶところが沢山ある。なにより、電車の本数が桁違いに多い。
どこへ行くにも一切の不自由を感じなかった。
でも、いつからだろう。またどこかで息苦しさを感じるようになった。
電車に乗るときも、大学での生活やバイト、居酒屋も沢山の人はいるが、名前の知らない人であふれている。僕には全員が「千と千尋の神隠し」のカオナシのように見えている。こんなにも刺激がたくさんあるのにどこか寂しく、虚しく感じる。
それはまるで、夜の誰もいない遊園地に閉じ込められているような感覚だった。
〜〜〜〜〜
どうやら電車で寝てしまったようだ。懐かしいような、恐ろしいような夢を見た気がする。いつものように普通の日常が始まった。
午前中の大学の授業が終わり、食堂に向かう途中だった。
「佐助(さすけ)くん?」
後ろから名前を呼ぶ、か細い声が聞こえた。一瞬肩がすくみ後ろを振り返ると、見たことのある女性が視野に入る。僕は名前を覚えていた。
「あおい?」
「やっぱり、よかった」
彼女の不安そうな顔はみるみる笑顔になっていった。僕は青彩と話すのは初めてかもしれない。小学校、中学校と一緒でクラスも同じになったこともあるが当時は、女子と話すだけで
「えっ!付き合ってるの~?」
とか言われ、からかわれるのがめんどくさくて女子と話すことはごく稀だった。
「同じ大学だったんだね。見かけたとき本当にびっくりしたよ」
「ほんとだな」
「あっ、もしよかったら今からお昼でも一緒に食べに行かない?」
僕もちょうど食堂に向かうところだったので、断る理由はない。
「そうだね。行こうか」
ふと、見上げた空はいつもより鮮明で透き通り、どこまでも青く深くこの世界を包んでいて、その中で雲たちも自由に形を変え、賑わっているように思えた。
東京の空も初めて悪くないと感じた。