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ぬくもりスコーン
不思議なカフェの噂がある。森の中にひっそりとあるそのカフェには、人の心を温かくしてくれる不思議なメニューがたくさんあるらしい。あたたまるには、ちょうどいいくらいの、ちいさなカフェ『ひだまり』。今日も、ほっとした時間を求めて新たな客が『ひだまり』を訪れる。
◇
私は今、森の中の道を一心不乱に歩いている。事の始まりは、先日何気なく耳にしたカフェの噂。
「あの森の中にはホッとできる、素敵なカフェがあるらしい。」
どうしてもそのカフェに行ってみたくなった私は、思い立ったら即行動!と勢い勇んで森の中に足を踏み入れたのだがーー。
「あれ?この辺のはずなんだけど、おかしいなぁ。」
見事に迷ってしまった。噂ではこの辺のはずなのに、一向に見つからない。周りをきょろきょろ見回すけど、カフェはおろか民家すら見当たらない。
「やっぱり道、間違えたのかも…。」
諦めて引き返そうかと考え出したその時、ふっとコーヒーのいい香りがした。香りは道の先から漂ってきている。コーヒーの香りに誘われるように歩みを進めると、小さなカフェが姿を現した。木でできた看板には『ひだまり』の文字。
「よかった、着いた。」
と安堵しつつドアを開ける。
カラン、カラン
店内に足を踏み入れると、コーヒーのいい香りが鼻腔をくすぐる。優しい木の香りと相まって、ほんわり温かい気持ちになる。
「いらっしゃいませ。」
優しい声に顔を向けると、カウンターの奥にはエプロン姿の店員さん。ふんわりした温かい笑みが、この店の雰囲気とよく似ている。この店のマスターかな?
「お好きな席にどうぞ。」
その声に店内を見回すと私以外にもお客さんがいた。それぞれが思い思いの時間を過ごしているようで、皆一様に幸せそうな顔をしている。私は空いていた窓際の席にそっと腰を下ろした。
席に置いてるメニュー表に目をやると、なるほど確かに。他のカフェではあまり見ない不思議なメニューがずらりと並んでいる。パラパラとページをめくっていると、最後のページで手が止まった。その見出しには、こんなことが書かれていた。
企画『カフェの新メニューを考えて欲しいのです』#motohiroとカフェ
どういうことだろう?と首を傾げていると、綺麗な黒髪の女の子が水とおしぼりを持ってきてくれた。私がそのページを凝視してることに気づいたのか
「それ、今このお店で開催してる企画なんです。みんなにカフェの新メニューを考えてもらおうって。」
と笑顔で教えてくれる。注文を聞かれ、コーヒーをオーダーする。この店に辿り着く道しるべになってくれた薫り高いコーヒーを、ぜひ一度飲んでみたいと思ったのだ。
運ばれてきたコーヒーからは柔らかな香りが広がり、一口飲むと心がぽっと温かくなる。しばらくコーヒーを堪能していたが、ふと思いついてもう一度メニュー表を開いてみる。が、目当てのメニューが見当たらない。ちょうどさっきの女の子が近くにいたから声をかけてみることにした。
「すいません、スコーンってありますか?」
「ごめんなさい、スコーンはないんです。」
そう言うと、女の子は申し訳なさそうに頭を下げた。
「そっか。このコーヒーとっても美味しいからスコーンと一緒に食べたらもっと美味しいと思ったんだけど…。」
ちょっぴり残念だけど、ないなら仕方ない。女の子にお礼を伝えようと口を開きかけると
「そのアイディアいいですね。」
と声が聞こえた。振り返るとさっきまでカウンターにいたマスターが私のすぐ後ろに立っていた。
「マスターのmotohiroです。すみません、黒猫さんとの会話が聞こえちゃって。でも、いいと思います。もし良ければカフェの新メニューとして、どんなスコーンが良いか考えてもらえませんか?」
「えっ!?」
私は驚いた。何の気なしの発言だったのに、何だか話が大きくなってきたような…。そんな私をよそに、傍では黒猫と呼ばれた女の子がワクワクした目でこっちを見ている。これは新メニューを考案するしかなさそうだ。しばらく逡巡した後、私は口を開いた。
「新メニューのスコーンは二種類で、プレーンとチョコはどうでしょう?スコーンの横にクリームやジャムを添えるとオシャレと美味しいが両立できて素敵だと思います。あと、季節によってはスコーンの生地にクルミやベリーを入れても楽しいかも。」
そう言い終わると同時に黒猫さんが歓声を上げた。
「うわー!それ、とっても素敵!motohiroさん、今度の新メニューはスコーンにしようよ!」
ちらりとmotohiroさんの方を見ると、満面の笑顔でうんうん頷いている。
「いいと思います。さっそく今度の新メニューとして採用したいんですが、メニュー名はどうしますか?」
尋ねられて返答に詰まった。メニュー名までは考えてなかった。どうしよう…。何かヒントはないかと店内を見回す。木を基調とした店内には、心がほんのり温かくなるような不思議な雰囲気がある。心にぬくもりを感じる。
「ぬくもり…。【ぬくもりスコーン】はどうですか?」
気づけばそう口にしていた。いいですね、とmotohiroさんと黒猫さんも太鼓判を押してくれた。近々新メニューとして【ぬくもりスコーン】もメニュー表に名を連ねるらしい。
二人との会話は心地よくて、気づけば窓から夕陽が差し込む時刻になっていた。二人にお礼を告げて店を後にする。少し歩いて振り返ると、カフェ『ひだまり』の看板。
「素敵なカフェだったなぁ。」
自分にとって大切な場所ができたことがうれしくて、気づけば私は満面の笑みを浮かべていた。
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