『純粋大根』
――その日、大根を一本引き抜いた父が射殺された。
この星の異常気象からはじまって農作物の遺伝子組み換えは留まるところを知らず、気がつくと僕たちがまともに口にできるのは「純粋大根」だけになっていた。
超・民主主義とかいう社会は何度か破たんして前の王様が復活し、その親戚貴族たちが僕たちに大根を作らせ、たくさんの大根をおさめさせていた。大根の煮物、サラダ、漬物が主食になって何年過ぎたかわからない。
ある年、ファントムスーンという異常風により、大根の収穫が激減してしまった。それでも父は決められた収穫量の大根を貴族領主におさめた。ただ、そのままでは僕と妹が飢え死にしてしまうと思ったのか夜ふけに家を抜け出し、隣家の畑に忍び込んで大根を一本引き抜いた。そして大根を見張っていた大型の番犬に吠えられてあっけなく見つかり、連行されて行った父はそのまま家には戻らなかった。
母親を早くに失っていた僕と妹は頼るべき親戚もなく、今、隣村の大根畑の前にいる。三日前から何も食べてない。おなかがすいて仕方がないのだろう。妹がずっと泣いている。ぐず、ぐずっと、泣いているのだ。いいかげんにうるさくなって叩くとよけいに泣くのだ。
大根が、目の前にある。
想像の中で大根のあの甘みと辛味がはじけては消えていく。手を伸ばせば届きそうな距離。そこに、大根がある……。
待つのだ。
夜まで。
けれど――妹がずっと“鳴いている”。
“鳴いている”のだ。
気がつくと、僕はひとり畑の畝に踏み出していた。
遠くで番犬の吠え声が聞こえた気がした。
かまわず一本「えい!」と引き抜き、急いで土を払った。
細く形は歪んでいるけれど、真っ白でつるっとした大根の素肌が見えて、僕は震えた。すぐにでもかぶりつきたい気持ちをおさえ、妹の方へと駆け寄った。
次の瞬間、ダーン! という銃声が夕空いっぱいにこだまして、目の前で妹の頭が吹き飛んだ。畑にきていたカラスがけたたましい鳴き声をあげていっせいに飛び立った。
僕は目の前に転がってきた妹の顎らしき部分の前に座り込み、その新鮮な大根をちぎれかけた舌の上にのせた。
「遅くなって、ごめんな…」
――ダーン!
二発目の銃声がして目の前が暗くなった。