【書評】『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない A Lollypop or A Bullet』桜庭一樹
冒頭からエキセントリックな美少女に問答無用に引き込まれる。痣だらけの白く細い足をずるずる引きずりながらペットボトルの水をぐびぐび飲み、口から光るヨダレのごとく垂れ流して主人公につきまとう転校生「海野」(ネタバレ注意)
はじめて桜庭さんの本を読んだのは、『少女には向かない職業』。
まずあれを読んで、「ふーん、こんなものか」と思ってしまい、
ごめんなさい。
『ゴシック』をちょっとかじって、
「あ、なんだ、面白いんじゃん」と思い、
本書も手にとってみたら仰天!
厳しい現実の中、それぞれ精一杯屈折しながらも、
生き抜こうとしている少女たちにヒリヒリきたぞ!
のっけからエキセントリックな美少女に問答無用に引き込まれる。
痣だらけの白くて細い足をずるずる引きずりながら
ペットボトルの水をぐびぐび飲み、口から光るヨダレのごとく
垂れ流して主人公につきまとう転校生“海野藻屑”(うみのもくず)。
彼女は言動がハチャメチャなんだけど、
ギリギリ読者を置いていかない、っていうか、
彼女がなぜそんな妄想で凝り固まった世界に生きているのか、
生きねばならないのか、そっちがどんどん気になっていく。
※「ぼくはですね、人魚なんです」っていう
転校生“海野藻屑”の自己紹介のセリフがいいじゃないか。
読者を引かせるんじゃなくて、引き込むフレーズに、
ちゃんと研ぎ澄ませて書いてある。
その藻屑につきまとわれる主人公、山田なぎさも訳ありな少女――
(なんつーか、貧乏なのに引きこもりの兄を飼育せねばならず、
中学卒業したら進学じゃなくて自衛隊いくしかねーか、みたいな
ある種の諦観を決め込み、それでヨシとしようと思いつつも、
無意識&内心では、身もだえしてるがゆえに、
常に無感動な感じで、クールなポーズを決めて生きざるを得ない感じ)――で、
そのうちに、そのアンダーカレントな部分で
藻屑と通底していくんだけれども、
この二人のやりとりもセリフも、
芝居が研ぎ澄まされて描かれていて、
ある種のテンションがかかっており、
不穏で、飽きさせない、
構成的に、冒頭で“海野藻屑”がバラバラ殺人で死ぬことが
読者にはわかってるし、話が進むごとに、カットインのように、
実際になぎさが死体を見つけに行く情景が入ってきて、
絶妙なサスペンスをうんでいる。
なんかもう、とにかくやられちゃったな。
最後のページで、なんだかケツのもっていきようのないような、
言葉にできないような感慨を少女たちに持って――
それと、なぎさのお兄ちゃんの社会復帰の件も重なってきて、
思わず、切ない嗚咽もれそうになった。
あのエキセントリックな少女が貫通して描ける力と、
全体の構成力、そして、厳しい現実の中で、
精一杯、自分の方法で、自分を守りながら、
戦って、生きて、それでもダメだったり、自立に踏み出したりする、
人間達のうめきを、小説内で立体化させる力に脱帽した。
あと何冊か桜庭さんの本を持っているが、
本書はどれぐらいの位置づけなんだろうか?
読んだ感触としては、桜庭さんの得意分野――
なんていうか、まだ完全に
自分の身を守りきるこどができない少女たちだからこその、
“するどい切なさ”?みたいなものが冴え渡って、
ヴィヴィットに落とし込まれてる作品な気がする。
「砂糖菓子」とか「実弾」とか、そういう表現も好きだった。
当たり前だけど、この物語では、そういうトーンの表現しかないだろう、
っていう、これぞ!ってな表現をちゃんと選んで使ってる。
そのセンスも好きだった。
もやもやしてたり、冷めてたり、切羽詰まってたり、
生きるために逃げる世界を作ったり、
とにかく、そのとき持てる知恵と武器で
しょっぱいながらも、精一杯人生に応戦しようしてたりする、
そのまなざし、その世界、その手触り。
壊れやすく、傷つきやすい、だけど、強い。
そこを見つめて、飽きさせない物語にして提供してくれる作家が
桜庭さんなんじゃないかしらん。
海野藻屑は、自分なりの方法で、生き抜こうとしてきたけど、
子供みたいな大人(実の親)に結局殺されちゃって、
そんな感じで、現実は、きれい事じゃすまいほど、
エグいし、グロいし、浅ましい悲劇にあふれている。
それでも生き残った少女たちは、
いろんなもん抱えながら、
力尽きていった他の仲間の少女たちのぶんまで、
生きて、大人になっていく。
私は、か細いながらも、
そこに一筋の、キリっと顔をあげる
少女たちのしなやかな勇気を感じた。
――生きていこう、と思った。