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【漫画書評】『アンダーカレント』豊田徹也

マジで、今すぐ本屋に走って買って読んだほうがいい! こいつはとびきりの大人の傑作だ。季節が冬ならレミオロメンの「粉雪」あたりをぜひ聞きながらラスト読んでみてほしい。胸に染みこむ感じで味わえること請け合い!

空気だ! このマンガ、空気が描けてる!
あの透明で、静謐で、ピンと張り詰めている空気はなんだ。

波乱万丈の野太い泣かせる傑作とかじゃない(そっちも大好きだが)。
全然別のベクトルで、こういうのもまた私の大好物なのだ。

家業の銭湯をついだ女性がいて、
婿養子で入った主人と睦まじく
営業してたらしんだけど、ある日突然
ふらっと主人が蒸発してしまう。

それで手が足りなくなり、
ぼーっとした男をひとり雇うんだけど、
この男と恋愛するとか、
そういう展開を描くのではなくて、
“なんとも言えない男と女の距離感”の中で
一緒に生活していく。

このなんとも言えない何か、
空気みたいなものを描けるってことが
豊田徹也という漫画家の武器かもしれない。

一言でわかりやすく言い切れるものを描くのではなく、
わりきれないもの、ケツのおきどころにない感情とか、
そういう掴みきれない何かを、一切説明せず
ただ生活の中に漂う空気とか、しぐさとか、
その積み重ねで、つかみきれない何かのまんま
運んで見せてくれる。
(表現てそもそも一言で言い表せないから
洗練されてきたのかもしれないし)

(そういえばこれ上原隆さんのルポタージュ・コラムの感じににてる。
あの8ミリ映画みたいな生っぽい質感と距離感。
好きなはずだよなこの客観性)

この作家が見てるもの、見えてるものが好きだ。
物事の見方が好きだ。観る角度が好きだ。
静かな目が好きだ。届け方が好きだ。
要するに好きだ。

人間て、実際にしゃべってる言葉とは
違うこと考えてしゃべってたりするし、
本当のことは言わないで、
半分くらいの感情でしゃべってたりする。

怒ってる口調でしゃべってみせて、
実はそんなに怒ってなかたり、
本当は好きなのに、絶対好きっていわなかったり、
そんな素振りは微塵もみせないで、
わざとちょっと離れた席に座ったり、
逆に、好きじゃないのに「すごく好き!」
なんてほざいてみたり。

本質は簡単に表面には浮かんでこない。

このアンダーカレント(暗流、底流)、
表面の物語の底に、常に、もどかしい何か、
ぴーんと張り詰めた何かが、たゆたってる。
まさに暗流、底流なのだ。

登場してる人間にカメラはむけられてるから、
コマの上で芝居するのは、もちろん人間だ。
だけど、ピントのベクトルはそこにある空気に当てられて
じわじわとオフビートで底の方に抑制されている本質を
静かに、豊かにあぶりだしていく。

こういう豊かで品があって、
鋭くて、揺さぶられて、広がって、
どうにかなっちゃいそうな大人なマンガを
5万冊くらい読みたい!

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うたがわきしみ
水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。