『シャーロック・ホームズの冒険』~ホームズなんて足湯小説だ、なんて言ってごめん④~
ホームズ短編です。訳者延原氏のあとがきがいい。氏はホームズのどの作品にもユーモアを感じてやまないという。その感じたユーモアは、読んでみればわかる通り、そこかしこの行間から溢れている! 延原ホームズ万歳!
※大昔ホームズを読み進めていた頃の記録メモの④です。
・ボヘミアの醜聞
⇒アイリーンという名の機知に富んだ女性がホームズ相手に一杯食わせる話。
妙にスカっと痛快な読後感。ポーの「盗まれた手紙」が原型みたいだが、要点は、人が巧妙に隠したものをいかに見つけ出すか。
「海軍条約文書事件」もその構図ネタのバリエーションだと思う。
・赤髪組合
⇒有名で未読の私もネタを知っていたため、インパクトはなし。
しかし奇天烈で愉快。
・花婿失踪事件
⇒メアリーがかわいそう。恋心を弄びやがって。
義父がずる賢いと困る。成敗してくれる法律がないのが残念。
話の方向性は違うが、ネタの構図としては、
唇の捩れた男と同じではあるまいか。
・ボスコム谷の惨劇
⇒無実の青年を救うための捜査。浮かび上がるのは、
重病老人の無法者時代か。
守るべきもののため、老い先短い命を振り絞る。
弱みを持つ者の話の構図として「グロリア・スコット号」が思い浮かぶ。
「さらばお別れです」老ターナーはおごそかにいった。
・オレンジの種五つ。
⇒ワトスンはお話の導入部の天才ではないかと、
各編を読むたび思ってきたが、
これは今まで読んだ中でダントツのサスペンスをもった導入部!
風の咆哮が聞こえてきそうなほどの嵐の描写と、
オレンジの種が五つ送り届けられたものが
次々に殺されていく話とが相まって、冒頭からグイグイ読ませる!
しかし、本文中にも竜頭蛇尾という意味合いの言葉を出しているように、
幕切れがあっけなさ過ぎて残念。
できれば、KKKの一味と、四つの署名よろしく、
長編にてデッドヒートを繰り広げて欲しかった。
・唇の捩れた男
⇒名作らしく、なるほどとは思ったが、
それ以上感心もしなかった。
構図・テンション的には「花婿失踪事件」とかわらんかも?
・青いガーネット
⇒鳥の胃袋にあった貴重な宝石をめぐってドタバタ。
鵞鳥の仲介店のオヤジとホームズのやりとりがユーモア賞。
・まだらの紐
⇒有名なので仕掛けは知ってた。ゆえにインパクトはなし。
しかし、ワクワクする雰囲気が冒頭から漂っていていい。
癇癪持ちの怪力で依頼人の義理の父ロイロット博士。
狒々(ヒヒ)や豹が放たれている屋敷。
茨だらけの狭い庭には、
ロイロットの友人だというジプシーたちがテントで暮らす。
依頼人(妹)の姉は、死ぬ前に
口笛のような音を聞いたとしきりに気にしており、
結果、変死を遂げるのだが、死に際に「まだらの紐よ!」と叫んでいる。
そしてその口笛の音がとうとう妹のもとに…。
仕掛け自体に完全犯罪のリアリティないけど、雰囲気は好き。
※どうせなら「スネーク・フライト」くらいやっとくれ(^^;
・花嫁失踪事件
⇒貴族の花嫁が式後に逃げ出した話。
フタをあけてみると事件でもなんでもないが。
まぁ災難としか言いようがない。
・椈屋敷
⇒ミステリの要素とかそんなこと関係なく、
これか「技師の親指」が、「冒険」の中では一番好き!
女家庭教師ハンターが聡明で、
実に勇敢に行動する(彼女をスピンオフしてもよさげ!)。
ハンターが再就職することになった椈屋敷には、
アダムスファミリーに出てくるような面々が住んでいる。
主人のルーカッスルは豪放だが、
ニコニコの笑顔にはいかにも裏がありそうで、
その妻は無口でいつもうら悲しさを秘めて泣いている。
一方、ハンターが頼まれた息子はというと、
弱い虫や小動物を殺しまわっては喜ぶ性格で、
召使い夫婦もまた、酔いどれ二重あごの巨漢の犬番頭
(凶暴なマスチフを手名付けている)と、
ムッツリとだんまる冷酷な感じの妻という案配で、
やはり一癖も二癖もありそうなのだ。
そして、開かずの扉には、椈屋敷に秘められた秘密が…。
暴かれるのは、傲慢な欲望によって歪められた家族の姿か。
・技師の親指
⇒ドイツなまりのある陸軍大佐が、
相場の10倍の報酬で圧搾機の故障診断をその技師に頼んだ。
さらわれるようにして連れ込まれた屋敷には、
黒い衣服をまとった謎の美女がいた。
彼女はカタコトの言葉で技師に逃げろ!
というが、時すでにおそし!?
診断を終えた用済みの技師は、
見たこともない巨大な圧搾機によって!―――
いやぁ、ドキドキしますよこれは!
なぜか、「魍魎の匣」を思い浮かべてしまったし、最高に読ませる!
※「叡智」の中に入ってるが、本来は「冒険」の中の一遍。
・緑柱石の宝冠
⇒宝冠を盗もうとしていたとして逮捕された青年。
構図は違うが、無実の青年系の話だからボスコム系とも言えるか。
しかし、こっちはちょっと悲しいなぁ。
向こうは愛しい人が真実応援してくれたからいいけど。
こっちは愛しい人のために・・・。
※「叡智」
あとは、延原氏のあとがきがいい。
氏はホームズのどの作品にもユーモアを感じてやまないという。
その感じたユーモアは、読んでみればわかる通り、
そこかしこの行間から溢れている! 延原ホームズ万歳!
-まだらの紐-より
「どっちがホームズだ?」
「私です。どうもお見それいたしました」とホームズが静かにいった。
「わしはストーク・モーランのグライムズビー・ロイロット博士じゃ」
「おお、博士でしたか。どうぞおかけください」ホームズはおだやかである。
(中略)
「こら悪人! わしはちゃんと知っとるぞ! 人に聞いてまえから知っとるんじゃ。お前はおせっかい者のホームズじゃないか!」
ホームズは微笑をもって報いた。
「ホームズの出しゃばり屋め!」
ホームズはいよいよ相好をくずした。
「警視庁の小役人のくせに、何事じゃ!」
ホームズはとうとうふきだしてしまった。
「あなたのおっしゃることはたいへんおもしろいですね。しかしどうもすうすう風がはいって困りますから、そこをしめてお帰りが願いたいです」
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【私のある日の読書日記】
念願の延原版の「冒険」GET!
まだ創元の阿部版を読んでる途中なのに
どうしても満足できず…;;
本屋に入り、早速第一番目の
「ボヘミアの醜聞」をパラリ。
創元・阿部版の「ボヘミア」では、
もう冒頭の方から軽くうーむと
首を傾げたくなるシーンがある。
毎度おなじみの推理あてゲームで、
ぶしつけな質問をワトスンになげかけるシーンだ。
まずそこでむむ?となり、すぐそのあと、
観察についてご教示くださるシーンでも
軽くイラっとくる。
まさか延原さんに限ってそんなことはあるまい、
と固く信じていつつも、やはり祈るような気持ちで、
その箇所を開いてみた。
結果、我慢できなくなり、すぐにレジへと
走ったのであった。
せっかくだから、記載しておこう。
あくまで私の主観の問題だが。
まず、
①ワトスンへの質問・毎度おなじみ推理あてシーン
<創元・阿部版>
①「結婚生活はきみにいいのだね」と彼は話しかけた。
「ワトスン、このまえ会ったときから、七ポンド半はふとっただろ?」
「七ポンドだ」私はこたえた。
「そうか、もう少し太ったように思えるが。
きっと、もう少し重いよ、ワトスン。
それからまた開業したのだろう? そうとは聞かなかったが?」
※ほっといてくれ、といいたくなる。
<新潮・延原版>
「君には結婚が合っているんだ、と見える。
このまえから見ると、七ポンド半は肥ったぜ」
「七ポンドさ」
「フーン、もうすこしよく考えてからいうのだった。
ほんのちっとだけね。それで、また開業したらしいね。
僕はそんな意向のあることなど聞かなかったぜ」
※ユーモアがあって、全然むっとしない。ていうか、カワイイ?
※上から目線でなく、フランクな仲間通し気兼ねなくやってる感じもいい。
※「もうちっとだけね」「~だぜ」といういうな言い回しの味わいが効いている。
<光文社・日暮版>(おまけ)
「結婚生活はきみにあっているようだね、
ワトスン。この前会ったときから、七ポンド半は太っただろう」
「七ポンドだよ」
「そうか。もう少し重いような気がするんだがな。
もうほんのちょっと。それから、また開業医に戻ったらしいな。
そうしたいという話は聞いていないが」
※日暮さんのは、全体的に物言いがやさしいので大丈夫。
味わい的には可もなく不可もなく、といった塩梅。
②いつも登ってたはずのアパートの階段の数を質問し、
答えられなかったワトスンに観察についてのご教示をするシーン。
<創元・阿部版>
「たとえば、きみも、玄関からこの部屋へあがる階段は、
なんども見ているだろう?」
「見ているよ」
「なんどぐらい見たかね」
「そうだな、ほぼ数百回は見ているだろう」
「では、なん段ある?」
「なん段だって! 知らないよ」
「そら、見たまえ。観察しないからだ。
しかも見るだけは見ているのだ。ぼくがいいたいのはそこなんだよ。
いいかい、ぼくは十七段あると知っている。
それは見ると同時に観察しているからだ」
※やかましい!
<新潮・延原版>
「たとえば君は、玄関からこの部屋まであがってくる途中の階段は、
ずいぶん見ているだろう?」
「ずいぶん見ている」
「どのくらい?」
「何百回となくさ」
「じゃきくが、段は何段あるね?」
「何段? 知らないねえ」
「そうだろうさ。心で見ないからだ。
眼で見るだけなら、ずいぶん見ているんだがねえ。
僕は十七段あると、ちゃんと知っている。
それは僕がこの眼で見て、そして心で見ているからだ」
※延原版のやりとりには、井伏鱒二の山椒魚さえ彷彿させる、
なんともいえない味わいがあるぜ、君。
※そして、天才的なのは、「心で見ないからだ」というセリフ。
これをここにハメてくるセンスに脱帽。
※押しつけがましく、「ぼくが言いたいのはそこなんだよ」
というダメ押しを入れてないことも◎!
<光文社・日暮版>(おまけ)
「たとえば、玄関からこの部屋へ上がる階段を、きみは何度も見ているね」
「ずいぶん見ている」
「何度くらい?」
「そうだな、何百回と見ているな」
「じゃあ聞くが、何段ある?」
「何段かだって! そんなのは知らないな」
「そうだろう! 観察していないからだ。
見るだけは見ているのにね。ぼくの言いたいのはそこなんだよ。
ぼくは十七段だということを知っている。
見るだけでなく観察もしているからだ」
※「見るだけならみているのにね」とか、
少し優しい感じはあるが、やっぱり、可もなく不可もなく。
以上の部分だけみても、
私がレジへ駈け込むだけの理由があることは、
分かる人には分かってもらえると思う。
「ボヘミア」の前述した箇所などは、
ほんの序の口にすぎず、阿部版ホームズでは
私はいたる所でホームズに好感がもてず、
困惑してしまった。
自分の理想(好み)にそぐわないのだ。
延原版というものがなかったら、
これほどホームズを好きにはならなかったであろう。
延原ホームズバンザイ!