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スパイシー春キャベツ田三蔵。


その名前通り、今が旬な春キャベツ。柔らかく食べやすい。スパイシーな味に仕上げながら、私がどうして大津事件や三権分立について妄想したかの記録。


材料

春キャベツ   半分
玉葱      1/4
大蒜      1片
ツナ缶     1個
塩       小匙1
胡椒      少々
チリパウダー  小匙半分
ターメリック粉 大匙1
クミン粉    大匙1
コリアンダー粉 大匙1
ガラムマサラ  小匙1
酢       小匙半分

春キャベツ、ツ、津田三蔵。
明治時代、陸軍を経て警察官になった人物。
安政元年(1855)江戸に生誕。津田家は藤堂氏に仕える藩医。父の長庵が文久年間に刃傷沙汰を起こしたことから伊賀上野へ転居。
次男の三蔵は明治三年(1870)に上京。陸軍へ。
明治十年(1878)の西南戦争に従軍。この時に銃創を負う。
明治十五年(1882)に退役。三重県警察官に。翌年、親睦会で同僚に暴力を振るって免職。父親譲りの血の気の多さ?(伏線)


ざくざく切るからざく切り。

同じ年の内に滋賀県警に採用。ここで大事件を起こすことに。
明治二十四年(1891)諸国訪問中のロシア皇太子ニコライが来日。滋賀県大津を通過するということで、警備する警察官の中に津田の姿。
5月11日、津田三蔵は突如、サーベルを抜いてニコライに斬りかかる。血の気の多さ爆発?
幸い、ニコライは負傷したが命に別状なし。津田は現場で取り押さえられる。当たり前ですが免職、裁判に掛けられることに。
これが大津事件。


大蒜微塵切り、玉葱は細切り。

当時の松方正義内閣はこの知らせに激怒。
日本を世界の一等国に押し上げるべく、官民一体となって努力。ロシア皇太子の訪日を無事に終えて国際的な評価を高めようとしている時に、よりによって警備の警察官がVIPを襲撃という大失態。
せめてもの面目を保つために、司法に圧力。津田に大逆罪を適用して死刑にせよと。


大蒜と玉葱を炒める。香が立ち、油が回るまで。

三権分立というのが民主主義の根本。一つの機関や特定の個人が全てを握ってしまうと権力の暴走が起こりかねないから。
即ち司法、立法、行政はそれぞれ別の機関が行うべきで、具体的には司法は裁判所、立法は国会、行政は政府。
政府が裁判所に圧力をかけたということ。
大逆罪というのは、皇族に対し危害を加えた者、若しくは国家転覆を企てた者を極刑に処すという法律。
松方内閣はこの法律を津田に適用せよと迫ったという訳。

キャベツと塩投入。キャベツから水分を出させる為。

当時の大審院院長の児島惟謙は、大逆罪はあくまでも日本の皇族に適用されるものて、ロシアの皇太子には適用されないとして、政府の圧力を撥ね除けた判断。
行政からの圧力に屈せず、司法の独立を守った事例として、私が高校の頃、教科書にも載っていました。
それでも政府に一定の配慮は見せたようで、一般人に適用される謀殺未遂罪として、津田には同罪の最高刑である無期徒刑が言い渡されました。


ツナ投入。

これにより津田は北海道の釧路集治監へ送られました。そもそも何故、津田がニコライに斬りかかったかですが、当時、日本とロシアが結んでいた不平等条約に不満があったとか、精神を病んでいたとも言われますが、西南戦争で死んだ西郷隆盛は生きていて、ロシアの皇太子と共に帰国するという噂があり、西南戦争に従軍した津田は恐慌を来していたとも。


胡椒、ターメリック、コリアンダー、クミン、ガラムマサラを投入。

釧路に送られた津田ですが、二か月後に死亡。
公式には津田は精神を病み、食を殆ど受けつかず衰弱していったとなっています。
あやしい。
当時から謀殺説が当然ありました。津田を死刑に出来なかった政府が刺客を送ったのではないか。
或いは集治監に圧力を掛けて、津田を死に追いやるようにした?


暫く炒めた後に酢を投入。辛みが少し中和されます。

一方、斬り付けられたニコライですが、帰国後に即位してニコライ二世に。
この事件の後、日本人をすっかり嫌いになり、日本人を「猿」と呼んでいたとか。大津事件が日露戦争の一因?
やがて第一次世界大戦中にロシア革命。退位に追い込まれる。
それだけでは済まず、皇帝一家は処刑。
この時、王女アナスタシアだけが生き延びたという伝説めいた話があり、それを元にしたのがディズニー映画の「アナスタシア」


スパイシー春キャベツ田三蔵

スパイスの香と辛みが春キャベツの甘味を引き立てる。加熱すると柔らかさと甘味も増す。ツナと玉葱がよい脇役になっている。大蒜の香ばしさが食欲を倍増させる。
キャベツのビタミンC、玉葱のアリシンで免疫力向上。スパイスで胃腸も整う。

大津事件と児島惟謙が教科書に採用されたのは、司法の独立を守ったケースだったから。というより極めて珍しいケースだったからではないか。
現実に国賠訴訟などを起こしても、どんな敏腕弁護士でも国に責任を認めさせるのは至難の技。
現実には政府からの圧力を撥ねつけるというのは難しい。それをやってのけた児島惟謙は信念と気骨ある人と思います。

もう世間では忘れられつつある事件ですが、悪夢の民主党時代、中国の漁船が尖閣諸島沖で日本の海保の船に体当たりしたことがありました。
逮捕された船長は司直の手に委ねられることなく中国へ送還。
あの国を恐れるばかりの政府に圧力を掛けられて、海保も警察も正当な手続きも踏まずに送り返して、事件をなかったことにした。
明治の先人のような気骨は現代の日本人からはすっかり失われた。
そんなことを妄想しながら、スパイシー春キャベツ田三蔵をご馳走様でした。

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