向田邦子と辞書と謎解き(4) 『明解国語辞典』
大阪府立図書館。
向田辞書を探して電車バスを乗り継いでやってきた。
『明解国語辞典』があることはインターネットで検索済みである。
書庫から『明解国語辞典』を取り出してもらう。
古い辞書だ。
既に書庫の人となっている。
横書きの文字は右から左に読む。
読みにくい。
でも、とても小さくて可愛らしい辞書だ。
やっと会えた。
そっと「なみだ」をひいてみる。
そこに書かれていたのは……。
なんということだろう。
まったく違う。
初版ではないのか?
向田邦子氏蔵書の出版年月1960.1。
明解国語辞典は、初版1943年、改定版1952年。
向田辞書は改定版?
それにしてもこんなに違うものだろうか。
ちなみに、その日に紐解いた辞書は……。
三省堂国語辞典第2版
新編大言海
大辞泉
国語大辞典
言泉
明解国語辞典(初版)
広辞林
集英社国語辞典
辞林
学研現代新国語辞典
講談社日本語大辞典
三省堂現代新国語辞典
精選版日本国語大辞典
日本国語大辞典
大辞林
何やってんだか。
こんなに国語辞典がある国など日本くらいじゃないのか?
半ば呆れつつ。
半ば関心しつつ。
とは言え、「なみだ」の語釈はいずれも似たり寄ったりだ。
「強い感動をこらえ切れない時に」
向田辞書にあるこの表現が、むしろものすごく特異に見えてくる。
「こらえ切れない」という表現を使った辞書などないのである。
もう一つ。
明解初版には「なみにく」がない。
ここまで触れなかったが、向田邦子氏は「なみにく」についても言及している。
その語釈はというと。
「安い肉をえんきょくに表現したもの」
「えんきょく」という表現に向田邦子氏は面白がっていた。
この「なみにく」が明解国語辞典初版にはないのだ。
改訂版で追加された可能性もなくもないが。
「なみだ」「なみにく」の語釈であるが、なんとなく「新明解」っぽくもある。「新明解」っぽくはあるのだが、手元の「新明解(第七版)」を見ても、「こらえきれない」も「えんきょく」も、ない。
ふぅ。
何度、ため息をついたろう。
もし、明解改訂版だったとしたら、向田辞書はものすごく「スキマな」辞書である。
ここまでくると、
「もしかして、向田邦子氏の創作?」
などという疑惑まで浮上する。
果たして、その辞書は存在するのか。
存在したのか。
性懲りもなく、図書館で三省堂国語辞典を開く。
そして「なみにく」がないことを知る。
「なみにく」を見たのは「新明解」だけである。
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