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傾聴、と大袈裟に言っても、結局はしたいかしたくないか。

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傾聴とは?
「相手のいうことを否定せず、耳も心も傾けて、相手の話を「聴く」会話の技術を指します。意識すべきなのは、相手に共感し、信頼していると示すこと。」(コトバンクより)

だそうです。
キーワードとなるのは「共感」でしょうか。


聞き手として善悪の判断、常識的判断は脇に置いておかなければいけない。

「いやそれは常識的に違うよ」
「でもそれじゃ今の世の中無理だよ」
「それ間違ってない?」

みたいな善悪の判断、常識的判断は一旦置いといて、話を肯定的に、共感的に、聞くことなのです。

「話を聞くこと」と「傾聴」の大きな違いはここにあるのでしょうね。


ただ話を聞くだけなら、聞き手は好きなだけ意見していいでしょう。

しかしカウンセラーや教師として「問題」を抱えた相手の話を聞く時は、
「相手の心を開き、本音を話してもらう」事が必要になります。

しかし、

「ハイ!ここから本音ターイム!
では、本音をドーゾ!」

と言って、誰しも皆本音を話せる訳もなく。

相手が何処の馬の骨とも分からないやつなら尚更。

「いやそれ違くない?」

とか意見してきたらもはや心の扉、鍵かかります。ガチャン


話し手からの絶対的信頼を得る。
「この人になら本音を打ち明けても、笑われないし否定もされないし受け入れてもらえるかもしれない」
と思えるような環境を作る

そのために必要な「順序」が、

①善悪の判断、常識的判断は脇に置いておいて
②肯定的、共感的に話を聞く

ことなのです。

私がカウンセラーだからでもなく、元教師だからでもなく、
このふたつの手順はハッキリ言って難しくないでしょう。
みんなできるはずです。

だってそこにあるのは、
「相手を理解したいか」という真剣さなので。

相手を理解したいと本当に思ったら、
善悪の判断で相手を論破したくもないし、
常識というはかりにかけて相手の溢れる感情を抑えさせようともしないでしょ?

だから。
「傾聴」は難しいことではなく、
「相手を理解したいと思えるか」だと思うんです。
その余裕があるかないかの違いなんです。


だから…だからこそ。
子供の話を「傾聴」する余裕が、
学校の先生には常になければならないと、私は思う。
そしてその余裕を持たせるための働き方改革が、急務だと心から思う。

子供の話の先にどんな扉が待ってるか分からない。
とんでもない扉が開き、信じ難い本音を話してくれた経験が、私の教員人生のたった10年の中でも何度あったことか。

それなのに。
子供の話を「傾聴」する「余裕」を学校の先生に与えない、崩壊した学校システムが今の教育の現状なのはここ数日書いている通りです。↓


それゆえに子供の心を育むこと、すなわち情操教育が蔑ろになっている現状も。↓


その根底には、生徒対応などの子供とのふれあいを「学校の先生の業務とは認めない」「その先生が好きでやってること」なんて裁判所も教育委員会も平気でのたまうバカにされ具合がある。↓

いつまでこのまま進むのでしょう。
日本の教育は。

2021年ももう、終わりますね。
どうか早く、先生方の働き方改革が、進みますように。

傾聴が、学校の先生に、もちろん一般の方々へも広く普及するような、余裕溢れる世の中に、なりますように。

本日もお読みいただきありがとうございました。
カウンセラー兼占い師 アイサ

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