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アクマのハルカ 第1話 人の大切なものを奪うのは簡単よ

【あらすじ】300文字
教祖になりたいハルカは、クラスメイトが麻莉亜先生に向ける敬愛や思いやりを自分のものにしたい。そこで麻莉亜が生徒をどう思ってるか、虚偽の出来事を告げ口し、生徒の心を麻莉亜から引き離していく。
麻莉亜が気付きた時には、生徒達の気持ちは身体ごとハルカに取り込まれてしまい、教室には麻莉亜とハルカの2人だけだった。そこで麻莉亜は取り込まれた生徒達を解放するため、自分の思いを伝えていく。
協調性が求められる集団の中で、自分の意志で真偽の判断をすることが許されるのか?
そしてハルカから解放されるのか?
生きにくい生徒達へ、生物教師からのメッセージとは?
生徒達が自分が信じる真実を選んで生きていくまでの物語。

【本文】

 「だから言ったでしょ!銃は効かないって。」
 安熊ハルカ(あくま はるか)は香月麻莉亜(こうつき まりあ)の銃弾を受けても傷1つ負わない。それどころか、ハルカが弾を弾き返したせいで麻莉亜の左足は擦過傷による血で染まっている。

 「だから言ったじゃない、麻莉亜先生も私みたいに腹黒くなったほうがいいって♡」
 両肘を教壇に付き、上目遣いで麻莉亜を見つめる瞳は、麻莉亜にとっては銃より怖い殺人鬼だった。例え華奢な身体も相まって可愛らしい小悪魔に見えても、目の前でクラスの生徒たちをどんどん取り込んでいったのだから。しかし、恐怖を前にしても麻莉亜の正義は揺るがない。
 「同じクラスの仲間、全員喰ったのね。」
 麻莉亜はハルカから目を離さない。そんな麻莉亜に向かってハルカは不敵な笑みを浮かべながら、
 「食べちゃうなんて、人聞きが悪い。取り込んだの。だって、欲しいじゃない?みんなの気持ち。」
 麻莉亜はハルカを見つめたまま、ハルカには見えない手元で、銃に弾丸を追加する。ハルカの背中に生えている悪魔の羽を狙えば、今度こそ倒せるかもしれないと踏んだのだ。
 しかし、確信が持てない。ハルカに銃は効果があるのか。だから最後の弾丸を使うことに躊躇していた。ハルカを倒すにはどうすればいい?
 思い出すのよ、私。麻莉亜はハルカの話しを聞きながらヒントを模索し、対処法を考え、実行することにした。だから、とりあえず彼女の話しに乗った。



 「みんなの気持ち、もらってどうするの?」
 麻莉亜はヒントを探すために聞いた。ハルカはクスッと笑い、答える。
 「麻莉亜先生は覚えてないの?私の夢。教祖様になりたいのよ。だって、そしたら、永遠に生きていけるんだから。みんなの中でね。
 そのためには注目を浴びる立場になるように、人の気持ちを取り込む必要があるのよ。」
 麻莉亜は、生徒たちが書いた将来の夢についての作文を思い出した。そうだ、ハルカは教祖になりたいと書いていた。そのために人の気持ちを手に入れることが必要なのか?
 思い出せば、1番最初に取り込まれたのは、ハルカと1番仲が良いと思っていた、叶海(かなみ)と奈津美(なつみ)の2人だった。3人で野球の試合を見に行くと言い、その日を境に叶海と奈津美は麻莉亜の前から消えたのだ。
 あの日、何が起きたのだろうか。麻莉亜はその日の出来事を聞くことで取り込むきっかけや理由が分かるかもしれないと思った。



 「ねえ、少し前の話よ。ハルカは叶海と奈津美3人で野球に行ったじゃないの?2人をどうして取り込んだの?仲良しだったじゃない。」
 麻莉亜は息を途切れ途切れにしながら聞いた。体中が痛いのだ。ハルカは不敵な笑みを崩さず、
 「じゃあ、教えてあげようか?特別よ。」
 と言う。言ってからハルカは付いた肘を軸に教壇で片足をぴょんと上げて飛び跳ねた。その様子はこれまで人々に可愛いと言われてきたものだろう。しかし、麻莉亜にはただの恐怖だった。怖いから動かないでと思った。

 「まずは叶海。アイツは簡単よ。麻莉亜先生が、『ブッサイク』『でぶ』って言ってたよーって吹聴したの。でもね、それだけだと信用してもらえないから、信用を勝ち取るまで野球に連れて行ったり、男紹介したり、コンパに呼んだり、毎日大変だったわぁ。叶海の奴、他に友達いないから呼んだら確実に来るの。しかも右手にグルグルキャンディー持って、頭に変なリボンが付いたピンどめして、キティちゃんかよって爆笑。
それを私じゃなく、麻莉亜先生が言ったことにした。」
 そう語るハルカは生き生きとしていた。よくもまぁそんなこと言えると麻莉亜は思った。湧き上がる怒りにハルカに殴りかかりそうになる心の苛立ちを、体の痛みが抑えてくれた。擦過傷がなければ確実に攻撃に入っただろう。



 他方で、感情を表に出さず、自分の話をあまりしない麻莉亜の考えをハルカなりに解釈したのだろうとも思った。そして、感情が見えないから悪く思っているに違いないというハルカの想像と曲解は、多数に広められていったのだろう。

 さらに、麻莉亜にはハルカが麻莉亜を悪い人として噂を流す理由に心当たりがあった。
 ハルカは数人の生徒の前で「麻莉亜先生は、親友」「麻莉亜先生はカリスマで、私はサポート役だから気が合うの」と言うことがあった。
 しかし麻莉亜は、先生と生徒の距離ある関係を保ちたかったし、何より人前での「親友」といった仲良しアピールは必要ないと考えていた。長く付き合いが続き、2人の関係に居心地の良さが出来たとき、そこに名前をつければ「友達」となるのであって、無関係の他人に関係性を伝えるための「友達」や「親友」は心に湧く感情と言葉に齟齬があった。
 そのため麻莉亜はハルカの言葉に反応をしないできてしまっていた。このようにハルカを満たす「友達」と言う言葉を与えないことは、麻莉亜に不満をぶつける理由になるだろうと思っていたのだ。


 ではなぜハルカの曲解と流布された妄想を他の生徒が信用することが許されたのか。麻莉亜は、
 「ハルカが想像した私の考えを、本当に私が考えていると叶海が信用したのはどうして?」
 と聞いた。ハルカはクスクス笑い出す。手をお腹に当てて、本当に可笑しいといった様子だった。

 「麻莉亜先生って本当に純粋でアホね!」
 ハルカは笑いが止まらない。話したくないけどあまりにも良い人すぎる麻莉亜をからかうことが面白くて、話したくなった。だから、話を続けた。

 「ポイントは、『私、麻莉亜先生と親友なの〜』って言っておくこと。そしたら麻莉亜先生の考えは、私の管理下に置けるのよ。私が言う麻莉亜先生の人格が、みんなにとっての麻莉亜先生の人格になる。みんなバカでテキトウで、雑に生きているから本人には確かめない。私の言う事、全部信じちゃうんだから。
 だから教祖の資質があるのよ、私。」
 ハルカは麻莉亜を見ながら笑う。他人をコントロールするのは簡単なのよと言わんばかりの優越感に浸った笑顔だった。
 答える気力を喪失した麻莉亜に対し、思い通りに麻莉亜が傷ついたことが嬉しかったハルカは、会話に勢いをつけ、更に続ける。

 「要領は同じ。次は奈津美。奈津美と叶海って仲良く見えるけど、叶海はいっつも奈津美の愚痴ばっかりでね。」
 ハルカは麻莉亜の心へのダメージが相当、喜ばしかったのだろう。首を傾げ麻莉亜の顔を覗き込んだ。
 「まぁ、私にしたらただのブズの僻みだけどぉ、叶海に言っておいたの。」
 暫しの間。麻莉亜は敢えて「何を?」と聞かなかった。


 麻莉亜は息を呑んだ。ハルカからは決して目を離さない。目だけで気力を保った。

 「『麻莉亜先生が、奈津美のこと性欲強いよねー』って言っていたって。そしたら叶海、喜んじゃって、奈津美にそのまま報告したのよ!」
 ハルカはスキップでもしそうな弾んだ声だった。
麻莉亜は、ハルカに返す言葉はなく、ただ腹の奥から噴火する思いを感じた。それを奥歯を噛みしめることで耐えた。



 今直ぐ、銃で撃ち殺したかった。麻莉亜なりに生徒との人間関係は大切にし、とりわけ叶海と奈津美の2人には尊敬の念を抱き、大事に思っていたのだ。

 教師と生徒の距離は難しい。特に麻莉亜は金髪のロングヘアーと、恵まれたスタイルに目鼻立ちがクッキリとしたモデルのような出で立ちから、兎に角、目立つ。服装も教師というよりは、体型に合ったショート丈のスカートを履くことが多かったから女子高生には憧れの的であり、近づきたい存在であり、昭和の男性教師とは扱われ方が違った。
 しかし中身は、生物学好きのお姉さんといったところで大人しい女性だった。近づきたい生徒とは反対に麻莉亜自身は適度な距離を保ちながら、お互い尊重しあえる関係となるように尽力してきたのだ。

 生物は丁寧に教える。例え生徒と親しくなりたいと思っても断ることは断り、感情は表に出さない。しかし思いやりは持っている。生徒の誕生日や変化には気付くようにした。
 その中でも叶海と奈津美は勉強ができる上、人を差別しない生徒であった。当初独りだったハルカを輪に入れてくれたのもこの2人で、麻莉亜にとっては心を許せ、信頼も尊敬も出来る大切な存在だった。学校に来た時、「おっ、今日も来てる」と思わず目が行く。生徒に対して好き嫌いで区別はしないが、好き嫌いが発生するのは心の自動的な反応として、麻莉亜は叶海と奈津美が好きだった。だから少しでも、挨拶だけでも2人と会話するようにした。他方で近付きすぎないように、そこで留めた。絶妙なバランスを採った生徒と先生の関係だったのだ。

 それをハルカは呆気なく奪う。

 他人は人が築き上げた大切なものを簡単に壊す。時間をかけて積み上げたものは簡単に壊れる。

 なんて酷い、撃ちたいと思ったが、これまで無鉄砲に撃った銃弾の行方を思い返し、手を止めた。



 麻莉亜は、ここで撃ったらどうなる?と思った。これまで撃っても効かなかった。それどころか麻莉亜は返り討ちにあってきた。じゃあどうすれば?彼女の目的は?
 麻莉亜はハルカを倒すために必要な銃ではない何かが分からなかったが、かと言ってハルカとこれ以上話すことは1ミリもしたくないと思うほど、怒りが湧き上がっていた。

 「叶海と奈津美と話がしたい。会わせて。」
 麻莉亜の額から汗が滴る。それは、体の痛みに耐えたためではなく、怒りを堪えたことへの代償だった。
 ハルカは、
 「話しても変わらないよ。だって人は面白い方を信じるんだから、真実はどうでもいいの。」
 とクスクス笑い出す。そしてハルカは、麻莉亜を絶望させるのも悪くない。そうすれば今度こそ麻莉亜をも取り込めるのではないかと思った。だから、
 「でも、いいわ。やってみたら?話すチャンスを与えます。」

 そうハルカが言うなり教室に真っ赤な雲が立ち込め、麻莉亜の視界を呑み込んだ。赤い雲が晴れたとき、麻莉亜は元の教室の教壇に立っていた。


 (アクマのハルカ 第1話 人の大切なものを奪うのは簡単よ 了)
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