2023年最後の旅✧♡③
1日目が怒涛のように過ぎ去っていったが、2日目は何もすることのない穏やかな1日。ほぼ、ホテルにいて湯治である。
そもそも、このホテルに泊まるようになったのは、湯治が目的であった。
湯治。風呂に入ってごろごろとカラダを休める憧れの言葉。
予約1年待ちで、酸ヶ湯温泉に泊まったことがある。
やはり、年末の2泊3日ぐらい。旅館の方ではなく炊事部の方に泊まった。アパートの一部屋みたいな部屋。寝るだけなので全く構わない。
食事は朝食のみ。
昼と夕食は何を食べていたものか、大体その頃から1日2食なので、ビールや日本酒を持ち込んで、酒のアテぐらいを食べていたのだろう。
温泉旅行は、食事の量が多すぎて、食べているうちに具合が悪くなる。
それを予想し、朝食のみにしたが、夕食も軽く何か食べれたらいいのだが、それには食材の準備が必要だった。炊事部には共同の台所もあり、にこにこして手慣れた様子で夕食を作る、キャンパーらしきおじさんがいて、なんだかうらやましかった。それをやるにはかなり計画性が必要だ。
その時も、ヒマだろうと黒帯がパソコンを持ち込んでいたが、この温泉は、硫黄が物凄く強いので、電子機器がすぐにダメになるというのが問題である。いつかまた行くとしたら、その時は、ノートとペンとスケッチブックの紙ものぐらいにしておきたい。
そんな温泉だから、数日泊って、風呂に入ってはごろごろし、とやっているうちに、物凄く、2人共、硫黄臭くなっていた。
かの三浦雄一郎氏も冒険したカラダをメンテナンスするために、年に一度、一週間ぐらい酸ヶ湯温泉に泊まるといっていたから、何かそういう効能あらたかな温泉なのだ。
雪の深さだけで有名な所ではないのである。温泉に力がある。
そして、そんな雪に閉じ込められてみたいと言う憧れもあり、年末に泊まったのだ。
来年も泊るかは体験して決めようと、チェックアウトの時に、来年の予約を取ろうとしたが、すでに埋まっていた。きっと我々のように1年待ちの予約の人々がいたのだろう。
泊って、残念だったことは、朝食がいまいちだったことと、隣の部屋に泊まっていたスキー客がとてもうるさかったことだ。
湯治でひっそりとしたい人ばかりではないのである。
温泉の魅力はあるのだが、あの食事(夕食は未体験)と、夕食をどう準備するかという問題、そして騒がしいスキー客のこと、予約は1年後を思えば、ちょっと足が遠のいて、別の城ヶ倉ホテルなどに泊まってみたりした。
八甲田山中にある城ヶ倉ホテルは、食事付きにして、八甲田の雪を味わえる露天風呂もあって、感じのいいホテルだった。
食事が美味しい。八甲田ホテルも魅力的だが、高価すぎるので未体験。
まあ、どちらも、雪に閉じ込められてみたくて泊ったので、昼間の森の散策などはできないプランだった。
いつか春とか初夏に泊まって散策もしてみたいものである。
そして、今では弘前市内の飲み屋街に近い温泉付きのホテルに泊まるようになった。温泉があれば、湯治になる。
どうせ、あねさまの家に年越しに行くのと、街中に泊まると、好きな店で食事ができることが、何と言っても魅力である。
今年は、2人とも自由人で、仕事もしてないし、そんな最後の数日間を「自分、ごくろうさん」と労わる必要もない気もしたが、黒帯が行きたそうだったので、毎日ご飯を作ってくれる黒帯を労わるために同じようにホテルを取った。
1日目、移動と、パエリヤの忘年会。
2日目、ホテルで湯治。
3日目、あねの顔見て年越し。
元旦、八戸に帰宅。
という予定。
今日は2日目で、湯治以外は予定がない、ぽっかりと空いた日。
食事なしのプランで、2食は、外食となるだろうが、外食は一日一食でたくさんという燃費のいい我々のこと。1回はちゃんと食べて、2回目は軽く。
2人で相談して、昼は蕎麦屋に行き、そのままデパ地下で何か買って帰って来て、あとは湯治。という計画である。
さて、昨日振られた蕎麦屋へ。
昼時のかき入れ時。蕎麦屋の迷惑にならない様に、少しずつ頼む。
瓶ビール。
メンマチャーシュー。
漬物。
色々な年代の夫婦の2人連れが多い。年越しの挨拶をして去っていく常連客もいれば、まだ仕事をしている風情の作業着の男たちもいる。
姉も今日は母の墓参りだと言っていたし、まだまだ、車で用を足している人々が多いのだろう。飲んでいるのは我々夫婦、旅行者のみである。
熱燗を2本追加。
1合徳利が2つにお猪口が来て、それぞれ手酌である。
一味を振った白菜の漬物に軽く醤油を回し、つまむ。
この店のメンマチャーシューもいつ食べても美味しい。
そこしか空いていなかったテーブルが2つくっついた大きなスペースの畳の部屋のすみっこで、壁に背を任せながら、2人でゆっくり飲んでいると、とても落ち着いてきた。
そのまますぎる歌ができたw。
老人が一人、カウンターで鍋焼きうどんを食べ、挨拶して出て行った。
何のことは無い。来ては去る客を肴に2人は飲んでいるのである。
黒帯と目くばせしあう。
「あれは黒帯だな」
黒帯は調子が良くなって何か語り始めた。
黒帯になるためには修業が必要だ。
ある時、珉珉という中華料理屋で、オヤジと対等に言葉を交わせなければならないと感じた。
店の人との呼吸が必要なんだよ。
なんでそういうことをやるかというと、その店が好きだから。
自分がその店に溶け込みたいと思って活動していると、
黒帯になっちゃう。
決して、馴染みでもなく、常連でもない黒帯。
「そうやって通っていた店が、ことごとくつぶれたけどな」
そういえば、黒帯の別名は、通う店がつぶれる貧乏神だった気もするw。
そして、私は、黒帯が、ある男友達から言われた言葉を思い出した。
「お前は、あやのんという貧乏くじを引いたからな!」
全く、失礼だと思うが、確かに、黒帯にご飯を作らせる毎日。
この言葉は、真実だと思わないでもない。
貧乏神と貧乏くじが結婚しているわけか?
あれか、ー(マイナス)とー(マイナス)をかけると+(プラス)に転じるって数学。
話を元に戻そう。
黒帯が、ハマり過ぎた結果、店はつぶれた。
そこにつかずはなれずの距離が大切。そこに溶け込む。
「これだったんだよ。食べたいものは」
昼飲みの余韻に浸る黒帯であった。
通いすぎないようにする✧♡